「さんこうあんにちじょう」は、HP「杉篁庵」(sankouan)の1頁です。
主にその日の庭の花の写真を掲載しています。
 

藤の房揺らして朝の光りかな 杉竹
夢の世に老いをとどめて藤の花 杉竹
春行くや面影にたつ紫の藤波匂ふ日をくらしつつ 横雲
藤棚の下で待ってる影を追う過ぎていく春匂う紫 やゑ

 

藤は晩春、房状の薄紫の花を咲かせる。芳香があり、風にゆれる姿は優雅。木から木へ蔓を掛けて咲くかかり藤は滝のようである。
傍題に「藤棚・藤房・藤浪・野田藤・藤の花・白花藤・赤花藤・八重藤・南蛮藤・山藤・野藤・白藤」。
昔から歌によく詠まれる。

 

 恋しけば形見にせむと我がやどに植ゑし藤波今咲きにけり 山部赤人
 行く春の形見とや咲くふぢの花そをだにのちの色のゆかりに 藤原定家
 別れゆく春のかたみと藤波の花の長ぶさ絵にかけるかも 正岡子規
 紫の藤の花をばさと分くる風ここちよき朝ぼらけかな 与謝野晶子

 

以下の引用は、「墨汁一滴」の四月二十八日の記事、「藤の花」の連作。


「夕餉したため了りて仰向けに寝ながら左のほうを見れば机の上に藤を活けたるいとよく水を上げて花は今を盛りの有様なり。艶にもうつくしきかなとひとりごちつつそぞろに物語の昔などしのばるるにつけてもあやしくも歌心なん催されける。其道には日ごろうとくなりまされたればおぼつかなくも筆をとりて」
 瓶にさす藤の花ぶさ短かければたたみの上にとどかざりけり
 瓶にさす藤の花ぶさ一ふさはかさねし書の上にたれたり
 藤なみの花をし見れば奈良のみかど京のみかどの昔こひしも
 藤なみの花をし見れば紫の絵の具取り出で写さんと思ふ
 藤なみの花の紫絵にかかばこき紫にかくべかりけり
 瓶にさす藤の花ぶさ花垂れて病の床に春暮れんとす
 去年の春亀戸に藤を見しことを今藤を見て思ひいでつも
 くれなゐの牡丹の花にさきだちて藤の紫咲きいでにけり
 この藤は早く咲きたり亀井戸の藤咲かまくは十日まり後
 八入折の酒にひたせばしをれたる藤なみの花よみがへり咲く
おだやかならぬふしもありがちながら病のひまの筆のすさみは日頃稀なる心やりなりけり。をかしき春の一夜や。」

 

【2017.04.24 Monday 05:51】 author : 杉篁庵主人
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菜の花蝶と化す

青空に舞ふや菜の花蝶に化す 杉竹
子らの手の菜の花揺れて蝶と化す 杉竹
菜の花の化したる蝶の夢なれや身をかへてだに逢ふこともがな 横雲
菜畑の番う黄蝶に身を変えてもう一度だけ夢を見させて やゑ

 

黄蝶が飛んでいる。

 

二十四節気七十二候の啓蟄の末候に「菜虫(なむし)蝶と化す」があるが、これは地中から虫たちが姿を現し始める啓蟄の期間の終わりには、虫が蝶になってゆくことをいう。
これに比べると、「菜の花蝶と(に)化す・菜の花化して蝶となる」は菜の花を蝶に化身させた幻想的な季語となる。「田鼠(でんそ・たねずみ・モグラ)化して鶉となる」(七十二候清明の第二候・春の季語(もぐらがうづらになるという実際にはありえないことだが、春になり地中のものが地上に出て活動するという発想))に類するか。

黄色い菜の花に、モンキチョウやキチョウなどの黄色いチョウが、群がり集まり、飛び回るのがまるでチョウが花から抜け出したように感ずるところから、蝶々の黄を菜の花の精にたとえたもの。菜の花の花びらが風に舞って、それがいつしか蝶となって飛び回る。味のある春の季語である。

 

同様の発想による「百合化爲蝶(百合化して蝶となる)」という夏の季語もある。

なお、蝶の類季語には「蝶、蝶々、かはびらこ、胡蝶、蝶生まる、初蝶、春の蝶、眠る蝶、白蝶、黄蝶、紋白蝶、胡蝶の夢」などがある。胡蝶の夢の故事から、またの名を「夢見鳥」ともいう。

 

 菜の花の化したる蝶や法隆寺 松瀬青々
 雲流る菜の花化して蝶となる 森景ともね
 風の私語つづき菜の花蝶と化す 西尾桃子
 初蝶来何色と問ふ黄と答ふ 高浜虚子

 菜畑やきのふ白蝶けふ黄蝶 ふけとしこ

【2017.04.23 Sunday 06:44】 author : 杉篁庵主人
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花海棠

来ぬままに雨に痩せたり花海棠 杉竹
花海棠散りたるのちに夢の跡 杉竹
海棠の花影揺れて春の日の暮れてあかずもかすむ面影 横雲
面影が近づいてきて唇に花海棠の雫が光る やゑ

 

「海棠」はバラ科、中国原産で、観賞用に栽培されてきた。桜(ソメイヨシノ)に引き続いて咲きだす春の代表花の一つ。「からはねず」の和名がある。八重の花海棠と、一重の実海棠がありその実は食べられる。玄宗皇帝が「海棠の睡り未だ足らざるのみ」と、ほろ酔いの楊貴妃を海棠にたとえた、という故事から「眠れる花」ともいわれる。 桜が終わると、ハナミズキと並んで桃色の花が艶やかでにぎやか。
傍題は、「眠れる花・睡花・垂糸海棠・海紅・花海棠」、晩春の季語。
中国では、牡丹とともに最も愛好され、漢詩では「雨中海棠」の題が好まれるが、雨に濡れると嫋やかな風情がひとしおまさる花である。

我が家の海棠は気が付いたらもう散っていた。

 

  如夢令 李清照
 昨夜雨疏風驟
 濃睡不消殘酒
 試問捲簾人
 却道海棠依舊
 知否
 知否
 應是冏邱帆


《和訓》
昨夜(ゆうべ)雨疏(まばら)に 風驟(にはか)なりしが、
濃き睡りも 残酒(ふかざけのよひ)を消さず。
試(こころみ)に 簾(すだれ)卷く人に 問ふに、
却(かへ)りて 「海棠は 旧に依る」と道(こた)ふ。
知るや しらざるや
まことに 知らざるや
応に是れ 緑の肥えて 紅(はな)痩せしならむを。


《詞意》
昨日の夜、雨はまばらでしたが、風は強く吹いている様子でした。
ぐっすり眠りましたが、深酒が過ぎたのでしょうかまだ酔いが消えません。
床に臥したまま、簾を巻きあげに来た侍女に聞いてみます。
「海棠の様子はどう? 風で散ってしまいましたか」
それなのに「花は散っていませんよ。大丈夫です。」という答え。
「本当に、外の様子ちゃんと見てくれました? 海棠がどれか分かっていますよね?」
きっと昨日に比べれば、雨に洗われて葉の緑は増し、風に花びらが散って花の赤い色は減っているでしょうに。

 

 あかぬ夜の春のともし火きゆる雨にねぶれる花よねぶらずを見む 藤原惺窩
(いつまでも飽きることのない春の夜、燈火が雨に湿って消えてゆく――その雨に濡れて眠っている花よ、私は眠らずに見ていよう。)

 くれなゐの唇いとどなまめきて雨にしめれる花のかほよさ 橘曙覧
 ゆふぐれを籠へ鳥よぶいもうとの爪先ぬらす海棠の雨 与謝野晶子
 青墨をすりつつあれば夕くれて海棠残花奥ふかまりぬ 斎藤史

 

 海棠に乙女の朝の素顔立つ 赤尾兜子
 海棠のえも言はれなき花あかり 高澤良一
 

【2017.04.22 Saturday 05:32】 author : 杉篁庵主人
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花水木

通院の目に清しきや花水木 杉竹
薄紅は昨日の恋と花水木 杉竹
埋もるる心の色や花みづき誓ひひとつのうらみにはつる 横雲
逢えないで咲いてしまった花水木心の色がうっすら滲む やゑ

 

ミズキ科ミズキ属ヤマボウシ亜属の落葉低木。北アメリカ原産。高さは五〜十メートル位で、日本の山法師の花によく似ている。四、五月頃、枝の先に四枚の白色の苞葉に包まれた花が開く。中心には緑黄の小花が集まっている。青い葉との対称がよい。
日本への移入は今から約100年前。1912年当時の東京市長・尾崎行雄が、アメリカのワシントンへサクラ(ソメイヨシノ)を贈った際、3年後の15年に、その返礼として贈られたのが始まり。花期は4月下旬から5月上旬で、白色や薄いピンク色の花(苞)をつける。「アメリカヤマボウシ」。
桜のあと咲くが、歴史的に若い季語で、晩春の季語になるのであろうが、歳時記によっては夏の季語となっていて、まだ季語としては定着していないのかとも思われる。春から夏へ、少しづつ明るさが変わってくる今頃の花で、初夏の空気を感じさせる花ではある。

 

水木(別名クルマミズキ(車水木))は山地に自生するミズキ科の落葉高木で初夏に白い四弁の小花が密集して咲く。この「水木の花」(季語・夏)と「花水木=ドッグウッド(アメリカ山法師)」がともに「花水木」とされるようで、俳句にはどちらを詠んでいるのかわからないものが多い。


なお、名前が似る「土佐水木(とさみずき)」や「日向水木(ひゅうがみずき)」は水木の花には似ていない黄色い花が垂れ下がる。こちらは共に春の季語。

 

 花みづき十あまり咲けりけふも咲く 水原秋櫻子
 一つづつ花の夜明けの花みづき 加藤楸邨
 花水木待たるることのある如し 西村和子
 会うために生れきし朝花水木 高澤晶子
 花水木風そよがせて日を招く 土方豊子
 一新の街路アメリカハナミズキ 高澤良一

 

ハナミズキ - 一青窈

【2017.04.21 Friday 07:21】 author : 杉篁庵主人
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山吹

山吹の咲きて散りゆく垣の端 杉竹
八重に咲く面影草のけざやかさ 杉竹
恋そめし心の色に濃山吹咲きて重きをおりて贈らむ 横雲
鮮やかな色に心を譬えても面影草は淋しく揺れる やゑ

 

山吹は、バラ科の落葉低木。茎は緑色で根本から分れ、高さ1メートル程度となる。山吹は晩春、うすみどりの若葉にまじって、散りやすい黄色の五弁花を多数咲かせる。細くしなやかな枝に咲いて散りやすく、その風情は万葉集以来、詩歌に詠まれてきた。白山吹もある。一重のものは山野に自生し、八重のものは庭園に栽植される。「七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞかなしき」の大田道灌の話で一層有名になった。八重山吹の特に黄色が鮮やかなものを「濃山吹(こやまぶき)」と言う。葉山吹は葉がちの山吹をいう。
類題「面影草・かがみ草・八重山吹・濃山吹・白山吹」晩春。

 

昨日引用した「墨汁一滴」から、四月三十日の記事、山吹の花の連作を載せる。
「病室のガラスより見ゆる処に裏口の木戸あり。木戸の傍、竹垣のうちに一むらの山吹あり。此の山吹もとは隣なる女の童の、四五年前に一寸ばかりの苗を持ち来て、戯れに植ゑ置きしものなるが、今ははや縄もてつがぬる程になりぬ。今年も咲き咲きて、既になかば散りたるけしきを眺めて、うたた歌心起こりければ、原稿紙を手に持ちて
 裏口の木戸のかたへの竹垣にたばねられたる山吹の花
 小縄もてたばねあげられ諸枝(もろえだ)の垂れがてにする山吹の花
 水汲みに往来(ゆきき)の袖の打ち触れて散り始めたる山吹の花
 まをとめの猶わらはにて植ゑしよりいく年(とせ)へたる山吹の花
 歌の会開かんと思ふ日も過ぎて散りがたになる山吹の花
 我が庵をめぐらす垣根隈(くま)もおちず咲かせ見まくの山吹の花
 あき人も文くばり人に往きちがふ裏戸のわきの山吹の花
 春の日の雨しき降ればガラス戸の曇りて見えぬ山吹の花
 ガラス戸の曇り払へばあきらかに寝ながら見ゆる山吹の花
 春雨のけならべ降れば葉がくれに黄色乏しき山吹の花
粗笨鹵莽(そほんろもう)、出たらめ、むちやくちや、いかなる評も謹んで受けん。われはただ歌のやすやすと口に乗りくるがうれしくて。」

 

 世の中は常なきものと我愛(め)づる山吹の花散りにけるかも 正岡子規
 山吹の雨に灯ともす隣かな 内藤鳴雪
 濃山吹俄に天のくらき時 川端茅舎
 山吹のほどけかかるや水の幅 加賀千代女

 

【2017.04.20 Thursday 06:47】 author : 杉篁庵主人
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一八(いちはつ)

一八の白きが咲きて雨あがる 杉竹
濡れつつも咲くや一八風の朝 杉竹
陽を浴びていちはつ咲けるあしたなり身にそひつつも面影遠し 横雲
鳶尾(いちはつ)の雫が光る朝のこと逢えないままに閉じていく春 やゑ

 

一八・鳶尾(いちはつ)はアヤメ科の多年草。中国原産。高さ約30〜60センチメートル。葉は剣形で淡緑色。晩春から初夏花茎を出し,紫・白の花をつける。アヤメ属で最も早く咲くのでイチハツ(一初)「一初草」という名が付いた。中央の小さな花びら三枚が、鳶の尾羽の凹みに似ているので、鳶尾草(とびおくさ)の別名もある。火災を防ぐという俗信から,時に藁屋根(わらやね)の棟に植えられる。コヤスグサ。 鳶尾草・子安草・水蘭[季] 夏。

 

一八の花色は、主に青紫色が多いが、この写真のように我が家のいちはつは、白色である。だが、白い花はイチハツではなく、「白花イチハツ」という名称で売られる「ニオイイリス」という花ともいわれる。

 

「いちはつの花咲きいでて我目には今年ばかりの春ゆかんとす 正岡子規」
いちはつは夏の季語に分類されるが、この歌があるので私の中では「いちはつ」は晩春の花に位置付けられている。
雨が上がったら急に開いて、ああ春が行く、の感を持った。

 

正岡子規のこの歌は、「墨汁一滴」の五月四日(明治34年)の記事「しひて筆を取りて」の連作十首にある。
「佐保神(さほがみ)の別れはかなしも来ん春にふたたび逢わんわれならなくに
 いちはつの花咲きいでゝ我目には今年ばかりの春行かんとす
 病む我をなぐさめがほに開きたる 牡丹の花を見れば悲しも
 世の中は常なきものと我愛(め)づる山吹の花散りにけるかも
 別れゆく春のかたみと藤波の花の長ぶさ絵にかけるかも
 夕顔の棚つくらんと思えども秋まちがてぬ我いのちかも
 くれなゐの薔薇(うばら)ふゝみぬ我病いやまさるべき時のしるしに
 薩摩下駄(さつまげた)足にとりはき杖つきて萩の芽摘みし昔おもほゆ
 若松の芽だちの緑長き日を夕かたまけて熱いでにけり
 いたつきの癒ゆる日知らにさ庭べに秋草花の種を蒔かしむ」
(子規は死の前年、明治34年の1月16日から7月2日まで「日本」紙上に「墨汁一滴」を連載した。脊椎カリエスを患っていた子規はすでに起きあがる事すらままならず、ほとんど寝たきりの状態で執筆したという。)

 

 一八の白きを活けて達磨の画 正岡子規
 一八の白こそ白し一の谷 石川辛夷
 紙で手をぬぐひ鳶尾一の花 柚木紀子
 鳶尾草に甘えの夕日絡みくる 雨宮抱星

 

【2017.04.19 Wednesday 05:45】 author : 杉篁庵主人
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十二単

はびこれる十二単の色や濃し 杉竹
朝の陽に十二単の影重く 杉竹
逢ふことのなき身をいかにせむとてかうらみの衣重ねたる夜 横雲
庭に咲く十二単衣という花がスカートばかりを思い出させる やゑ

 

十二単(十二単衣)は、花が幾重にも重なって咲く様子を、平安時代の宮中の女官の正装の”十二単衣”に見立てたもの。もともとは山野に生える、白っぽい薄紫の花。毛がいっぱい。ただ、一般的に「十二単」と呼ぶと、写真のような青紫色・濃紫の「アジュガ」のことを指すことが多い。
アジュガは十二単の園芸品種。紫蘇科キランソウ属。白っぽい毛はない。日当たりが良くても半日蔭でもしっかりと成長する。地下茎を伸ばして横にどんどん広がり、丈夫でほかの雑草が生えない。葉の色は濃い。名前の割に地味な花だ。
アジュガの和名は、西洋金瘡小草(せいようきらんそう)・西洋十二単(せいようじゅうにひとえ)。

 

なお、十二単衣はふつう平安時代の中期に完成した女房装束の儀服をさす。これは、宮中などの公の場所で晴れの装いとして着用された成人女性の正装であった。
「唐衣(からぎぬ)・表着(うはぎ) ・打衣(うちぎぬ)・五衣(いつつぎぬ)・単衣(ひとえ)・長袴(ながばかま)・裳(も)」からなり、髪型は「大垂髪(おすべらかし)」が基本の女房装束である。
現代でもひな人形や神前結婚式などで女性の正装として見ることができる。
十二枚も着ているのかと言えば12というのは単純に「重ね(襲)」が多いということを表しているだけのようで「十二単衣」も正式名称ではない。

 

 汝にやる十二単衣といふ草を 高浜虚子
 日を浴びて十二単衣の草の丈 岡本まち子
 試歩の母十二単に足とどむ 三澤いつ子
 咲ききつて十二単の居丈高 行方克己

【2017.04.18 Tuesday 07:24】 author : 杉篁庵主人
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長寿桜

紫は長寿桜の花の色 杉竹
長寿桜老翁ひとり庭にあり 杉竹
花と知る長寿桜やいかにして憂き世の末に身をとどむかな 横雲
枝垂らす長寿桜の色慕いどこまで呆けて老いを重ねる やゑ

 

先日は庭桜について記したが、その横にある「長寿桜」が紫の色をこぼす。
この花は、市場で流通するとき「紫沈丁花」とはいわず桜でも藤でもないのに「長寿桜」とか「薩摩藤・フジモドキ」と言う。
桜の季節に咲く小さな花はみんな桜に見立てて名付けてしまう。

これは、ジンチョウゲ科ジンチョウゲ属の樹高0.8〜1.2mの落葉低木。
枝は細く多数分枝して横に広がり、葉は単葉で対生し長さ3〜5cmの長楕円形、葉縁は全縁で葉先は尖り、葉表は無毛で葉の裏の葉脈には細毛が生える。葉に先立って枝先の葉腋に、淡紫色で花径約1cmの花(先端の4裂した萼)を2個〜7個咲かせる。花は高坏形で先端は4裂し、約2cmのガク筒の部分には細毛が密生する。花は有毒だそうだ。

 

別名で、「チョウジザクラ(丁字桜)」とも呼ばれるが、この名は本来バラ科サクラ属の桜の野生種の名前で、名が似ていることから間違われたのだろう。バラ科、サクラ属の植物と同名であっても丁字桜がもともとの名称という説もある。

長寿桜は歳時記や季語集には採られていない。しかし、桜の名がついているから、桜の類として扱えないだろうか。

 

ところで、庭桜やこの長寿桜のようにバラ科サクラ属でなくて桜の名の付く花はたくさんある。
芝桜はハナシノブ科フロックス属の常緑多年草、季語。
桜蓼はタデ科イヌタデ属の多年草、季語。
岩桜・小岩桜・雛桜はサクラソウ科サクラソウ属の多年草、
魯桃桜はモモの品種、
栂桜はツツジ科ツガザクラ属の常緑矮小低木、
桜薔薇はバラ科バラ属の落葉低木、
柳桜はバラ科ヤナギザクラ属、
房桜はフサザクラ科フサザクラ属の落葉高木、
島桜はアカネ科フタバムグラ属の常緑小低木、
・・・

 

 桜蓼軒端に昏るる甲斐路ゆく 遠藤梧逸
 どの道を往きても墓へ芝桜 福田甲子雄

【2017.04.17 Monday 05:59】 author : 杉篁庵主人
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鶯や吾が住む里も酒旗の風 杉竹
鶯を手を止め聞きぬ垣修理 杉竹
呉竹の伏しながら聞く鶯のねになく恋に命ながらふ 横雲
鶯が谷を渡って啼く先が茜の色にほんのり染まる やゑ

 

「梅に鶯」というように春の初めに聞くのが鶯の「初音」だが、春も盛りを過ぎるこのところの好天に誘われたのか、何処から飛んでくるのか、朝昼夕それぞれの時間に鶯がなく。歌は素晴らしくうまくなっているがまだお相手が見つからないのだろうか、山に帰る前、里の春を楽しんでいるのだろうか。

 

鶯は古くから鳴禽(めいきん)としてその声が愛でられ、夏の時鳥、秋の雁同様その初音がもてはやされた。梅の花の蜜を吸いにくるので、梅につきものの鳥とされていて、「春告鳥、報春鳥」ともいう。ただ、体験的には「笹啼き(藪鶯)(こちらは冬の季語)」も「初音」も「竹に鶯」という取り合わせになる。

最初はおぼつかない鳴き声も、春が長けるにしたがって美しくなり、夏鶯となるころには、けたたましいほどの鳴き声になる。


鶯には「黄鶯・匂鳥・歌よみ鳥・経よみ鳥・花見鳥・春告鳥・初音・鶯の谷渡り・流鶯・人来鳥」の傍題がある。
万葉集にも長歌を含めて約50首ほどに登場するというように古くから親しまれていた。
夏になっても鳴くので、その場合は「老鶯」で夏の季語になる。傍題は「夏鶯・狂鶯・乱鶯・鶯老を鳴く・深山鶯・残鶯・晩鶯」など。

 

花札には鶯がメジロと取り違えられて描かれるが、これで厄介なのは花札だけではない。色もそうである。
江戸時代には、女性の着物の色にも「鶯色」や、それをやや茶色にした「鶯茶」が好まれた。これらに見られるように、鶯色とは本来は、くすんだ茶褐色の地味な色。しかし現代の鶯色は、メジロと取り違えられて、「鶯餅」に代表される鮮やかな黄緑色をさす。茶褐色の「鶯餅・鶯豆」は様にならないだろう。
 
 鶯もものうく春は呉竹のよがれにけりな宿もさびしき 式子内親王
 鶯の声遠き日も暮にけり 蕪村
 うぐひすの人より低くなく日かな 一茶
 鶯や前山いよゝ雨の中 水原秋櫻子

 

     江南春 杜牧
    千里鶯啼緑映紅、水村山郭酒旗風。
    南朝四百八十寺、多少楼台煙雨中。

   江南の春

  千里鶯啼いて緑紅に映ず/水村山郭酒旗の風
    南朝四百八十寺(しひゃくはっしんじ)/多少の楼台煙雨の中

 

  田園樂 七首之六  王維
 桃紅復含宿雨、柳緑更帯春煙。
 花落家僮未掃、鶯啼山客猶眠。
  桃は紅にして 復(また)宿雨を含み
  柳は緑にして 更に春煙を帯ぶ。
  花落ちて 家僮(かどう)未だ掃わず
  鶯 啼いて 山客(さんかく) 猶お眠る。
桃の花はくれないに咲き、ゆうべの雨をふくんでいっそうあざやかな色を見せ、
柳の芽はみどりに萌えいで、春のかすみを帯びてますますぼんやりとけだるい風情。
花びらが庭先に散りしいていても、召し使いはまだ掃除もしない。
うぐいすがしきりにさえずっているのに、山荘住まいの人はまだ夢うつつ。

 

通常の五言や七言の形を用いない六言詩。
単調なリズムが春ののどかさを表すのに役立っている。山客とは詩人自身のことか。のどかな春の一日を楽しむ詩人の気持ちが伝わってくる閑適の詩。桃の紅に対して柳の緑、宿雨に対して春煙。花に対して鶯、家僮に対して山客が対語。前半の一句、二句は彩り華やかな春の景色をきれいな対句で詠い、後半は人物が、春の景色に溶けこんでおり、ここも対句になっている。
召使いまで主人の意をくんで、庭を自然のままにしておく。一幅の絵を見るよう。

 

【2017.04.16 Sunday 08:09】 author : 杉篁庵主人
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庭桜

ブローチの揺るる形に庭桜 杉竹
庭桜まなうらに影老いゆけり 杉竹
春深み唐棣花(はねず)の色の移ろへる君が心をみてこそやまめ 横雲
春過ぎて淡く色づく庭桜君の心が見定められない やゑ

 

ソメイヨシノの終わった後、庭の小さな庭桜が花をつける。
これは、バラ科の落葉低木、一重咲きの庭梅(ニワウメ)の近縁種で、八重咲きである。花の色は、淡い紅色のものと白いものがある。中国原産。開花時期は 4〜5月。古名を「はねず」といい、万葉集にも詠まれている。
はねずは、朱華・唐棣花・棠棣・波泥孺と書く。庭梅か庭桜またはザクロの花の古名といわれる。

なお、「朱華色(はねずいろ)とは鮮やかな黄色がかった薄い赤色。平安時代には『禁色(親王や諸王の衣装の色として定められこの色の着用が禁じられていた) 』であった。

色褪せやすい色という。ベニバナなどの植物から染色する和風のピンク。写真は小野小町ゆかりの随心院の「はねず踊り」で、小野小町と深草少将に扮した少女が着ている装束の色がそれ。少しサーモンがかかった微妙な桃色。

 

・思わじと言ひてしものをはねず色の移ろひやすきわが心かも 大伴坂上郎女
(あなたのことは思わないようにしようと言ったはずなのに、はねずの花の色が移ろいやすいように、私の心はなんとも移ろいやすいことだ。(ああいつのまにかまた、あなたのことを思っています。) )

 

朱華(はねず)色に染色された衣服は、灰で洗濯すると色落ちがしやすいことから、「はねず色」は移ろいやすい心を導く枕詞として使われるようになったと考えられている。あるいはまた、蕾の濃紅、咲き始めの薄紅、やがて白っぽくなるこんな庭桜の色の変化をうつろいやすさに例えたか。

 

 命得てまためぐりあふ庭桜 大高霧海
 父母老いて朝餉静かや庭桜 高浜年尾
 庭桜ほつたらかして来し吉野 大久保白村

【2017.04.15 Saturday 08:38】 author : 杉篁庵主人
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