「さんこうあんにちじょう」は、HP「杉篁庵」(sankouan)の1頁です。
主にその日の庭の花の写真を掲載しています。
 
教育現場荒廃の現れの一つ

 中日新聞より


文部科学省の「公立学校教職員の人事行政の状況調査」の
(1)指導が不適切な教員の人事管理に関する取組等について、では
•指導が不適切な教員の認定者数は、
 平成19年度 371名  →  平成20年度 306名
うち研修対象者(当該年度)は、
 平成19年度 268名  →  平成20年度 204名
•希望降任制度により降任した者は、
 平成19年度 106名  →  平成20年度 179名
•条件附採用期間を経て、正式採用とならなかった者は、
 平成19年度 301名  →  平成20年度 315名
となっている。

この中の、主幹教諭からの希望降任は、12(H18)→27(H19)→89(H20)と推移している。(平成19年度までは主幹教諭相当の職からの希望降任を含む)
この数字の内訳を見ると、これを実施している自治体はまだ少ないようで、東京都36・神奈川県33・大阪府7・兵庫県2・横浜市11の計で89名である。


この主幹教諭とは、最近作られつつあるもので、公立学校の場合、主に管理職試験(教頭試験等)に合格し、教頭人事待ちの教諭がこれに該当するという。ただし、一般的に管理職ではないと解されているが、校長・副校長(教頭)と同様に改正教育職員免許法に基づく「教員免許更新制」の対象外である。根拠となる法律規定は、2007年6月27日に改正された学校教育法で、2008年(平成20年)4月1日から施行されている。
教員とは基本の仕事はの授業であった。いつからか管理ラインが強化され、授業より役人の仕事のような文書作成が仕事の中心になった。
面白い授業の工夫は二の次となる。
授業でも学校組織でも命令系統を強めて活性化しようとする「改革」は、逆に現場を不活性化して陰鬱な現場へと陥れる。
そんな中、主幹教諭は、管理職と平教員の間に立って学校管理の雑務と一般教員のとりまとめ役となる。しかし、板ばさみの中で意思疎通や共通理解を得られず関係が悪くなることのほうが多いのではないかと思われる。
管理組織を作るのではなく、問題を分かち合い学び合いえる仲間をつくることが教育現場では必要不可欠である。教師同士が協力し学び合う場は、管理主義的発想からは生まれない。
「正式採用されず辞めた新人教員315人のうち、88人はうつなど「精神疾患」による依願退職」という数字に職場の荒廃した状況が示されていると感じる。
ベテランが「指導力不足」と認定される背景にもこれがあるのであろう。


中日新聞 2009年11月5日 09時44分
精神疾患で新人教員88人退職 08年度文科省調査
 試用期間後に正式採用されず辞めた公立学校の新人教員315人のうち、88人はうつなど「精神疾患」による依願退職だったことが4日、2008年度の文部科学省の教員調査で分かった。これまで「病気」に含めていたが、今回初めて調査項目に加え、実数を把握した。文科省の担当者は「先輩教員が新人の相談に応じたり、ケアをしたりする環境づくりを促したい」と話している。
 新採用の教員は1年の試用期間後、正式採用となる。08年度に正式採用されなかった新人教員は全採用者2万3920人の1・3%。1999年度は0・5%だった。
 正式採用されなかった新人のうち依願退職者は304人で、理由が「病気」だったのは93人。このうち、88人が精神疾患による退職だった。
 精神疾患の退職を都道府県別で見ると、東京都が最多の24人で、次いで大阪府と横浜市が各8人、名古屋市の6人で、大都市圏で目立った。中部地方ではほかに愛知(名古屋市以外)が2人、岐阜、三重が各1人。
 「病気」は04年度から増加傾向で、同省はストレスによる精神疾患の可能性があるとみて項目に加えた。
 調査では、望んで校長や副校長、主幹教諭から一般教員などに降格となる「希望降任制度」を08年度に利用したのは、過去最多の179人(前年度比73人増)に上ることも分かった。
 校長らを補佐する主幹教諭が89人と最も多く、副校長・教頭が84人、校長が4人。東京都59人、神奈川県37人の順で多かった。中部地方では、愛知、三重、滋賀で各1人。理由は精神疾患を含む「健康の問題」が95人(53%)で最多だった。
 子供とうまく関係が築けないなどとして、教育委員会が「指導力不足」と認定した教員は4年連続で減少し、306人。40〜50代のベテランが245人と80%。全体で78人が現場復帰したが、依願退職などで50人が現場を去った。
(中日新聞)



文部科学省の調査の
「指導が不適切な教員の人事管理に関する取組等について」はこちら

【2009.11.08 Sunday 16:24】 author : 杉篁庵主人
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日米安保条約無効訴訟



日米安保条約無効訴訟の会(代表 長岩均)の起こした「日米安保条約無効訴訟」の第1回口頭弁論が3月4日午前10時から東京地裁631号法廷において開廷された。
 裁判長は、書証として提出されている米国公文書館公開資料の証拠調べを行なおうともせず、被告:国の主張する「付随的違憲審査=抽象的憲法論議は司法権外である。」とする論調に組し、あからさまに第1回目口頭弁論をもって結審をはかろうとしたが、追加の弁論及び追加の書証提出の申し立てをうけ、辛うじて第2回口頭弁論の開廷の運びになったという。
第2回口頭弁論は4月22日午前10時15分から631号法廷。
こちら。


1年ごとに自動延長される「日米安保」の検証は、日本の有り様に必須であろうに、国会で議論されることもなく、民間で報道されることもない。


JanJan - ‎2009年2月7日‎
「日米安保条約」の無効確認訴訟が提起されました


JanJan - ‎2009年2月17日‎
「日米安保条約無効訴訟」担当裁判官3名の名前にびっくり
【2009.03.05 Thursday 12:58】 author : 杉篁庵主人
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大学入試センターの漢文
 あやめヶ原別荘地公式ブログより


「臥薪嘗胆(ガシンショウタン)」 と言う四字熟語がある。
将来の成功を期して苦労に耐えることをいう。薪の上に寝て苦いきもをなめる意。▽「臥」はふし寝る意。「薪」はたきぎ。「嘗」はなめること。「胆」は苦いきも。もとは敗戦の恥をすすぎ仇あだを討とうと、労苦を自身に課して苦労を重ねること。(goo辞典)


春秋時代、呉と越が互いに争っていたときのこと。
呉王闔閭は越に討たれ、死の間際に「汝は勾践が父を殺したのを忘れるのか」と尋ねると、 子の夫差は「忘れません」と答えて、毎日薪の上に臥して(臥薪)父の言葉を忘れないようにし、国力を高めて2年後に越を討ち、越王勾践を投降させた。
一方、会稽山で夫差に敗れた勾践は、呉王の臣妾となるという講和をして命を助けられたが、この屈辱を忘れぬよう苦い胆を寝所に掛けておき、寝起きのたびに苦い肝を嘗め(嘗胆)て密かに復讐を誓い、21年後に呉を攻め、呉を滅亡させた。


西施(セイシ)は、「奥の細道」の中にある「象潟や雨に西施がねぶの花」の芭蕉の句で知られているが、越の絶世の美女で、呉王夫差を惑わせるために、越王勾践が西施を献じ、夫差はこれを愛して国を滅ぼしたといわれている。〔西施は『西施捧心』顰に倣う(ひそみにならう)の慣用句の四字熟語にもなっている。(西施が病気になり、病む胸を手で押さえ、眉まゆをひそめて歩いていた。その姿の美しさに人々が見とれたのを見て、村の醜い女が自分も同じようにすれば美しく見えるかと思って、顔をしかめて歩いたら人々は皆逃げたという故事)〕


さて、今年の大学入試センターの国語・漢文の問題は、侯方域の壮悔堂文集からで、この春秋時代の女性・西施の故事を題材にして、為政者が安易に軍事力を行使すると国を滅ぼす結果になることを論じた文章であった。


「西施非能亡呉也。(西施能く呉を亡ぼすにあらざるなり)」と説き起こし、俗説では、美女にたぶらかされて呉が滅んだといわれるが、それは間違いで、実際には呉王夫差の戦争拡大路線(他国に遠征し自国の危機に気づかなかったこと)が主因であろう、ことわざにも、「佳兵者自焚(よい武器は自分を傷つける)」・「攻遠者遺近(遠きを攻めるものは近くを忘れる)」というではないか、と説いている文章である。昨今いろいろ当てはまるような気もする。


その問題文。
西施非能亡呉也。
而後世以亡国之罪帰之西施、過矣。使呉王不信宰嚭殺伍胥内修国政、外備敵人、西施一嬪嬙耳、何能為。当時以句踐之堅忍、種蠡之陰計、臥薪嘗胆、日伺其後。而乃遠出数千里、争長黄池之間、搆釁艾陵上、窮師黷武、殆無寧歳。越人乗其空虚而傾其巣穴。此即無西施、豈有不亡者哉。
吾観呉之亡也、与秦苻堅相類。二君荒淫楊澄固不可同年而秦之亡以伐晋致潰、呉之亡以越境而内救不及。其轍一也。然後知佳兵者自焚而攻遠者遺近、元亀格言必不可易也。



西施は能(よ)く呉を亡ぼすに非(あら)ざるなり。而(しか)るに後世 亡国の罪を以て之を西施に帰するは、過(あやま)てり。
使(も)し呉王宰嚭(サイヒ)を信じて伍胥(ゴショ)を殺さず、内は国政を修め、外は敵人に備へば、西施は一嬪嬙(ヒンショウ)のみなれば、何をか能(よ)く為さん。当時句踐(コウセン)の堅忍、種(ショウ)・蠡(レイ)の陰計を以て、臥薪嘗胆し、日々に其の後を伺う。而(しか)るに乃(すなわ)ち遠く数千里を出で、長を黄池の間に争い、釁(キン)を艾陵(ガイリョウ)の上に構へ、師を窮(きわ)め武を黷(けが)し、殆(ほとん)ど寧歳(ネイサイ)無し。越人其の空虚に乗じて其の巣穴を傾く。此れ即(たと)ひ西施無くとも、豈に亡びざる者有らんや。
吾 呉の亡ぶるを観(み)るや、秦の苻堅(フケン)と相ひ類す。二君の荒淫と楊世箸蓮固より年を同じくして語る可からず。而(しか)れども秦の亡ぶるは晋を伐ち潰(つい)ゆるを致すを以てし、呉の亡ぶるは境を越えて内救及ばざるを以てす。其の轍(テツ)は一(イツ)なり。然る後に、「佳兵は自(みづか)ら焚(や)きて」「遠きを攻むる者は近を遺(わす)る」、元亀(グヱンクヰ)格言の必ず易(か)ふ可からざるを知るなり。


「中国的こころ」というサイトの「列伝」には、
越王句踐=勾践(コウセン)、種(ショウ)、呉王夫差、とそれぞれ解説がある。
以下は、そこからの伯嚭・伍子胥の項の転載。
伯嚭(ハクヒ)【宰相】
楚の臣、呉の宰相。伯州犂の孫。伯州黎の子。〜B.C.473。
B.C.541伯州黎が楚霊王に殺されたので、伯嚭は呉に亡命して復讐を図った。
B.C.513伍子胥とともに楚を討ち、舒を落とし、 呉の叛将の掩余と燭庸を捕らえる。
B.C.506呉王闔閭に従い楚を討ち、復讐を果たす。
B.C.496夫差が立つと、太宰(宰相)となる。
B.C.494呉は越王勾践を会稽に追い詰めた。伯嚭は勾践の臣種から美女と宝物を送られたため、 彼を夫差に謁見させ「越はすでに屈服し、臣従しております。お許しなさるのが国家の利益でございます」と言った。ついに夫差は越を許した。
伯嚭は伍子胥と越の問題について争論した。
B.C.485そのため伯嚭は伍子胥を讒言して「伍員は表面こそ忠実そうですが、実際は残忍な男です。かつて自分の父兄をさえ顧みなかったほどですから、 どうして王を顧みることができましょう。さきの斉の戦勝を員は恨んでおります。王には用心なさって下さい。員は必ず乱を起こしましょう」と言った。
夫差ははじめこれを信じず、伍子胥を斉に使いさせた。伍子胥はわが子を斉の大夫鮑牧に委託した。 夫差は大いに怒り「伍員はやはりわしを欺いた。謀反に役立てようとするのだ」と言い、伍子胥に属鏤の剣を賜い自殺させた。
B.C.473呉が越に滅ぼされたとき、伯嚭は不忠の臣であるとして誅殺される。

伍子胥(ゴシショ)【宰相】
楚の臣。呉の宰相。名は員、字は子胥。伍奢の子。伍挙の子孫。〜B.C.485。
楚の人。伍挙は楚荘王に仕え、名声があったので、その子孫も楚では有名であった。
B.C.522春、伍奢が費無忌の讒言を受けて捕えられた。 楚平王の使者がやって来て兄の伍尚とともに召して「来なさい。わしはおまえたちの父親を許すつもりだ」と告げた。 伍子胥は「楚がわれら兄弟を召し寄せるのはわが父を生かそうとするのではありません。二人が行って殺されるより、他国に逃れ、その力を借りて父の恥をすすぐほうがましです」と言った。 しかし伍尚は「父が許されると聞いて行かないのは不孝である。父を殺されて報復しないのは無策である。能力をはかって事をするのは知である。 わたしの知恵はお前には及ばない。お前なら敵討ができるであろう。おまえは去れ。わたしは死地に赴く」と言い、ひとりで父のもとに行った。 伍子胥は矢をつがえて使者に「もし父に罪があったとしても、どうしてその子まで呼び出す必要があろう」と言い、 これを射ようとしたので使者は急いで去った。
伍子胥は太子建が宋にいると聞いて、宋に赴いて太子建に従った。これを聞いた伍奢は「胥が逃げたとあらば、楚国は危ないことだ」と言い、 伍尚とともに殺された。
伍子胥は申包胥と交遊していたが、申包胥に「私はいつかかならず楚を顚覆させてやる」と言うと、 申包胥は「私はかならず楚を存続してみせる」と言った。
B.C.522宋で華定・華亥らの乱があったので王子建とともに鄭に逃れた。王子建は晋と謀って鄭を滅ぼそうとしたが、発覚して殺された。 伍子胥は王子建の子勝とともに呉に出奔した。 伍子胥は楚の国境の昭関で楚の役人に捕らえられそうになり、ついに公子勝と離れ、単身徒歩で逃げた。途中で病気になったり、乞食をしながらようやく呉に着いた。
B.C.520呉王僚が戦を好んだので、伍子胥は謁見することができ、楚を討つのが得であると進言したが、 公子光に「伍子胥は自分のために仇を報じたいと思っているだけだ」と反対された。伍子胥は「彼はよからぬことを起こそうとしている。 しばらく彼のために勇士を探して、わたしは時節を待とうとしよう」と言い、専諸という勇士を光に引き合わせた。そのため伍子胥は公子光の賓客となった。
そして自らは勝と共に身を退いて野に耕し、専諸が事を成就するのを待った。
B.C.516楚平王が没した。呉は楚を討ったが、呉軍は背後を断たれ、帰国できなくなった。
B.C.515光は国内が手薄になったことに乗じて、専諸に命じて僚を殺させて自立した。
闔閭(公子光)は伍子胥を召して行人(宰相)とし、共に国事をはかった。伍子胥は申に封地を受けた。
B.C.510楚昭王は子常を将軍として呉を討ったので、伍子胥はこれを迎え撃ち、 予章で大いにこれを破り、楚の居巣を攻略した。
B.C.506闔閭は伍子胥と孫武に「先年、あなたたちはまだ郢に侵入の時期ではないと言ったが、いまはどうか」と問うた。二人は 「楚将囊瓦(子常)が貪欲なため、唐・蔡二国は楚を恨んでいます。まず唐・蔡二国を味方に引き入れるようになさいませ。 そうすればよろしゅうございましょう」と答えた。
闔閭はこれを聴き入れ、全軍を挙げて唐・蔡とともに楚を討ち、漢水をはさんで楚軍と対峙した。
ここで呉王の弟夫概が私兵五千を率いて子常を討った。子常は敗走したため、呉軍は勝ちに乗じて前進し、五戦五勝し、 ついに楚の国都郢に迫った。己卯の日、昭王は出奔し、翌庚申の日、闔閭は郢に入城した。伍子胥は昭王がすでに出奔していたので、 かわりに父兄の仇である楚平王の墓を暴き屍に300回鞭を打って敵に報いたのであった。
山中に逃れていた申包胥は人づてに「その復讐の仕方はひどいではないか。かつて平王の臣で北面して仕えた身であったのに」と言った。伍子胥は「わが素志を遂げるのに、 日は暮れて道が遠かった。だから、うろたえ急ぎ、道理に従って行うことができなかった」と答えた。
B.C.496闔閭が越との戦いで没すると子の夫差を補佐する。
B.C.494越を討ち、越王勾践を会稽山に囲んだ。勾践が降伏を請い、呉王夫差はこれを容れようとした。伍子胥は夫差に 「いけません。呉と越とは仇敵として戦をしてきた国です。共存はありえません。また北方の中華の国に勝っても、わが国はその地に住めませんが、 越の国には住めますし、その舟にも乗れます。その利益を失ってはなりません。天が越を呉に賜うたのであります。越をお許しなさいませぬように」 と言ったが聴き入れられなかった。 大夫伯嚭が勾践を許すよう進言したので「今にして越を滅ぼさなくては、のちのちかならず後悔なされましょう。勾践は賢君であり、 種と范蠡は良臣であります。 帰国の後は、乱を起こすでしょう」と諌めたが、夫差はついに越を許した。
B.C.489夫差は斉を討とうとした。伍子胥は「勾践は食事の肉を一皿として、人民と苦楽を共にしているということですが、この人が死ななければ、 かならずわが国の禍となりましょう。呉にとって越があるのは腹心に病があるようなものです。斉など呉にとって皮膚のかさぶたにすぎません。願わくは、 王には斉を棄て置いて、越の征伐を先になさいますように」と諫言したが聴き入れられなかった。
夫差は斉を討ち、これを艾陵で破った。王は伍子胥の前言を責めたが、伍子胥は「王よ、お喜びになってはなりません」と言ったので、夫差は怒った。 伍子胥は自殺しようとしたが夫差が止めたのでやめた。しかしこれ以後、伍子胥は夫差に疎んじられるようになった。
越が呉に粟を借りたいと申し出てきた。伍子胥は「与えてはなりません」と諌めたが、夫差はついに与えた。伍子胥は「王はわたしの諫言をお聴き入れになりませんが、 三年もすれば呉は廃墟になりましょう」と言った。
太宰伯嚭としばしば越の問題について争論した。そのため伯嚭は伍子胥を讒言して「伍員は表面こそ忠実そうですが、実際は残忍な男です。 かつて自分の父兄をさえ顧みなかったほどですから、どうして王を顧みることができましょう。さきの斉の戦勝を員は恨んでおります。王には用心なさって下さい。 員は必ず乱を起こしましょう」と言った。
B.C.485夫差ははじめこれを信じず、伍子胥を斉に使いさせた。伍子胥は自分の子に「わしはたびたび王を諌めたが、聴かれなかった。 わしが呉の滅びるのを見るのはやむを得ぬとしても、おまえが呉に殉ずるのは無駄なことである」と言い、 わが子を斉の大夫鮑牧に委託した。夫差は大いに怒り「伍員はやはりわしを欺いた。謀反に役立てようとするのだ」と言い、 伍子胥に属鏤の剣を賜い自刎するようすすめた。
伍子胥は大笑して言った「わしはおまえの父を覇者にした。わしはまたおまえを立てて王とした。そのときおまえは呉の国を分けて半分をわしにくれようとさえしたが、 わしが受けなかっただけのことだ。しかるに今、讒言を真に受けて、わしに死ねと言う。嗚呼、嗚呼、わしが死ねば、おまえは一人ではとても立ってゆけまい」
そして使者に向かい「かならず我が墓に梓を植えよ。呉王の棺にするためである。わが眼をえぐって呉の東門に置け。その眼で越兵の入城するのを見るためである」 と言って自殺した。
夫差はこれを聞いて大いに怒り、伍子胥の屍を鴟夷(酒の皮袋)に入れて銭塘江に浮かべた。呉人はこれを憐れんで、祠を江のほとりに立て、名づけて胥山と言った。
後に伍子胥の予言どおり越は呉を滅ぼした。夫差は「伍子胥にあわせる顔がない」として顔を布で覆って自刎したという。



史記の伍子胥列伝の「乃告其舎人曰、『必樹吾墓上以梓、令可以為器、而抉吾眼縣呉東門之上、以観越寇之入滅呉也。』乃自剄死。」 は、なかなかに印象深い話であった。

【2009.01.24 Saturday 10:45】 author : 杉篁庵主人
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「LOVE & PEACE」



「我が九条 守りきれたら 残す未来輝くよ
 守れないなら 真の平和ありえない
 守りきりたい 許し合い 信じよう」


麗しの国 日本に生まれ 誇りも感じているが
忌まわしい時代に 遡るのは 賢明じゃない
英霊の涙に変えて授かった宝だ
この窮状 救うために 声なき声よ集え
我が窮状 守りきれたら 残す未来輝くよ


麗しの国 日本の核が 歯車を狂わせたんだ
老いたるは無力を気骨に変えて 礎石となろうぜ
諦めは取り返せない 過ちを招くだけ
この窮状 救いたいよ 声に集め歌おう
我が窮状 守れないなら 真の平和ありえない


この窮状 救えるのは静かに通る言葉
我が窮状 守りきりたい 許し合い 信じよう



上記♪〜♪は、沢田研二の還暦にリリースの新作アルバム【ROCK'N ROLL MARCH】(5月25日発売・シングルとアルバムはバージョンが異なる)の中に収録されている「我が窮状」(作詞:沢田研二)です。
心静かに聴いてみてください。
こちらから。2008/9/17のNHK「SONGS」より



朝日新聞「ひと」欄(9月13日朝刊)や毎日新聞(10月11日夕刊)でも取り上げられていたが、インタビューで沢田研二は「60歳になったら、言いたいことをコソッと言うのもいいかな」と言い、この歌が「九条へのラブソングでもあるんです」と答えて、「9条を守ることで、日本は米国から独立しないと」とも言っている。
東京新聞の11月2日の「特報」で「伊達男ジュリー再び・還暦のキュウジョウ賛歌」と大きく取り上げている。
【2008.11.03 Monday 12:29】 author : 杉篁庵主人
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名ばかりの『教育振興』



教育振興基本計画は文部省の杜撰な計画を財務省や総務省に衝かれ、結局は何の具体性も持たないままの空疎なものになった。この国の教育を一体誰がまともに考えているのだろう。指導的立場にある官僚と政治家がないがしろにしている状態では「国」がたたない。
「教育振興基本計画」(閣議決定)(PDF)(平成20年7月1日)


教育振興基本計画が閣議決定されたのを受けて、これを取り上げた社説一覧。


2008年7月4日
【秋田魁新報】 教育振興基本計画 深みなく実効性に疑問
【神戸新聞】 教育基本計画/数値目標なしで進むのか
【南日本】 [教育基本計画] 看板倒れの「十年の計」
2008年7月3日
【毎日新聞】 教育振興計画 骨太の像なく総花のむなしさ
【読売新聞】 教育基本計画 必要な予算を精査すべきだ
2008年7月2日
【宮崎日日】 教育振興基本計画
【山陽新聞】 教育基本計画 本当に投資拡充できるか
【山陰中央新報】 教育振興基本計画/ツケ回る現場はたまらぬ
【東京新聞】 基本計画決定 名ばかりの『教育振興』
【日経新聞】 「教育」が見えぬ教育振興計画
【朝日新聞】 教育基本計画―学力向上へ大胆な投資を
【西日本新聞】 「つけ」は現場に回るのか 教育基本計画
【信濃毎日新聞】 教育基本計画 実現の道筋が見えない
08年7月1日 
【高知新聞】 【教育振興計画】人も予算も増えないでは
08年6月29日 
【琉球新報】 教育基本計画 人材育成目指し予算拡充を


二本転載。


東京(中日)新聞2008年7月2日
【社説】
基本計画決定 名ばかりの『教育振興』
 閣議決定された教育振興基本計画は原案にあった財政支出を伴う記述が削られたうえ「国の財政は厳しい」との文言が加わった。十年先を見通すという触れ込みだが、名ばかりの「教育振興」だ。
 基本計画は改正教育基本法に基づいてつくられ、十年先の教育のあるべき姿を示し、今後五年間で取り組む政策を体系的にまとめたものだ。中央教育審議会の答申を受けて文部科学省が原案をまとめ、各省協議などを終えて一日、閣議決定した。
 決定では、国内総生産(GDP)に占める公的教育投資の比率を現在の3・5%から「経済協力開発機構(OECD)諸国の平均5・0%を上回る水準を目指す」という記述が原案から削られた。
 3・5%で約十七兆二千億円だから、5%にするには約七兆四千億円上積みしなければならない。原案が計画として認められれば多大な財政支出を伴うことになるため、財務省が猛反対した。
 文科省はこの財政支出によって公立の教職員定数を二万五千人程度増やす記述も原案に盛り込んでいた。行財政改革を進めようとする政府の方針と逆行するため、これには総務省が反対に回った。
 計画をみると、その二カ所が削除されただけでなく、具体的な施策では「拡充」「充実」との字句が「支援」「推進」に直され、新たに「国の財政状況は大変厳しい」という文言が加筆された。
 財務、総務両省の主張が通ったかたちだが、今回の各省協議は年度ごとの予算折衝ではなく、これからの教育のあり方を決める話し合いだった。そこでの結論が財政再建優先では、基本計画の上に乗る「教育振興」の名が泣く。
 最終的には関係閣僚が調整したのだから、これが教育への福田政権の姿勢と言うこともできる。
 学習指導要領が改定され、理数を中心に主要教科の授業時間が増え、小学校では英語教育が導入される。加えて道徳教育の充実と、長期的に低下傾向にある子供の体力向上への取り組みも必要だ。
 さらに、いじめや不登校への対策も怠るわけにはいかない。現場の先生たちの多忙ぶりが問題視されて久しいが、熱意や使命感だけに頼るにはもはや無理がある。教育投資の大半は教職員予算だが、計画で厳しい見通しが示されたのだから、現場の仕事は増えることになりそうだ。
 これで公教育の立て直しは図れるのか。十年先、暗たんとした状況に陥っていないか。



毎日新聞 2008年7月3日
社説:教育振興計画 骨太の像なく総花のむなしさ
 この1カ月余、数値目標を入れる入れない、で文部科学省と財務省などが対立し、結局は文科省が完敗した。そして教育振興基本計画がようやく定まった。そんな政府内の争いが、国民の前から教育論議を遠ざけた。これがそもそもの間違いだ。いくら官僚や文教族議員が熱くなっても、国民が冷めていては不毛なコップの中の嵐にすぎない。
 そもそも教育振興基本計画というしかつめらしい名の政策は何か。06年に改正された教育基本法が政府に策定を義務づけた。10年先のあるべき状況を見据え、5年間でなすべき施策を定めるという。
 教育基本法の改正前、改正は無用とした反対派に対し推進側が「改正基本法による振興基本計画で長期に安定した財源を確保し、条件整備が着実に進められる」と利点を強調し、説得材料にした経緯もある。
 だが、一方で政府は支出抑制を基本とする行財政改革を進める。さらに「教育再生」を最重要政策に掲げた安倍晋三政権が突然倒れたことも逆風になった。
 不可解な展開もあった。
 基本計画案は文科相の諮問機関・中央教育審議会が4月に答申したが、財政引き締めの状況を踏まえ数値目標はほとんどなかった。これには自民党文教族などから強い不満が出、その意を受けて文科省は(1)教職員定数を5年で2万5000人増やす(2)10年で教育投資額の国内総生産(GDP)比を今の3・5%から経済協力開発機構(OECD)諸国平均5%へ−−などと数値を入れた案を作成、財務省との折衝に臨んだ。
 授業時間が大幅に増え、小学校に英語も導入する新学習指導要領を円滑に実施するにはこれだけ先生が必要。教育にかける金を先進国並みにしないと高等教育などで太刀打ちできなくなる−−などという主張だ。だが財務省は納得せず、投資の根拠や成果の見通しを求めかみ合わなかった。
 もちろん基本計画はただ数値獲得を主眼としているのではない。子供の自立、学力と体力、世界最高水準の大学、留学生受け入れ拡充、校舎耐震化などあらゆる課題が「あれもこれも」とばかり盛り込まれた。
 すべて重要だ。しかし、大半は既に個別施策としてやったり、進めることができるもので、新たに引きつける理念、訴えかけてくる意思に乏しい。10年後の社会に向け、どのような人格、人材を教育が目指し、そのため5年間に何を最重点にどのように学校、社会、家庭の教育のかたちをつくり出すか。
 何をさておいても、の目標が国際学力コンテストの順位を上げることでは寂しい。高々とした理念と、一人一人の子供や学生に思いを致せる想像力に満ちた教育目標と手法こそが、今求められている。
 それが国民世論を引きつけ、財務当局を説得する。毎日新聞 2008年7月3日 東京朝刊


【2008.07.05 Saturday 22:31】 author : 杉篁庵主人
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そこにある憲法



五月の初めから毎日新聞の京都版で「そこにある憲法」というシリーズを掲載していた。
「日本国憲法が施行されてから3日で61年。記者が取材する事柄はどこかで憲法につながっている。憲法週間(1〜7日)を機に、一人一人が考える。」というもの。
1 投票に行かない 
2 障害で移動に格差 
3 沖縄には遠い「平和」 
4 景観巡り権利が衝突 
5 解決できない住民 
6 冤罪防止へ運動 
7 全国学力テスト反対 
8 縮小する生活保護費 
9 「在日」への年金差別 
10 児童虐待防止法改正 
11 君が代斉唱率100% 
12「無防備地域宣言」否決


小泉安倍の強引な改憲の動きの後、その誤りに危機感を持って現憲法の良さを見直す機運が次第に高まりつつあるように思う。


毎日新聞の「そこにある憲法」というシリーズの中から以下三回分を転載。


毎日新聞 2008年5月3日 京都地方版
そこにある憲法:/3 沖縄には遠い「平和」 /京都
 ◇現地の思い伝える
 「米兵が日米地位協定により外国人登録もせず暮らしており、防犯対策上の難しさを生んでいる」−−。
 沖縄県北谷(ちゃたん)町で起きた米兵による女子中学生暴行事件を受け、京都沖縄県人会が3月29日、上京区の洛陽教会で開いた抗議集会。那覇市の市民団体「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表の高里鈴代さんの話に約100人の参加者は“オキナワ”を肌で感じた。
 会長の大湾宗則さん(67)は「72年の本土復帰で米軍の占領から離れると期待したのに、どんどん米軍基地が集中した」と振り返る。だが、会の結成から約20年、「沖縄で起きていること」への実感はますます乏しくなり「親睦(しんぼく)会同然になっていた」と大湾さんは言う。
 そんな中で起きた暴行事件。「知らん顔できない」と泣いて訴える会員らの声に押されて開いた集会だった。「沖縄では憲法が日米安保条約の中に収まっている。沖縄に平和憲法は反映されていない」と大湾さん。これを機に県人会を「京都大使館」と位置付け「沖縄や平和問題を考えてもらえる場にしたい」と考えている。
 沖縄出身者以外で、在沖米軍基地問題などに取り組んでいる人たちもいる。
 4月26日夕方、河原町三条(中京区)で、学生や市民らが「沖縄に米軍基地はいりません」と声を張り上げ、ビラを配っていた。04年9月、名護市辺野古の基地建設に抗議した学生らが立ち上げた「京都行動」のメンバーだ。
 沖縄研究や平和運動など入り口はさまざま。「足元からできることはないか」とホームページを見て参加する人もおり、今では約100人がメーリングリストに登録している。
 この日、プラカードを掲げていた館山真太郎さん(24)は辺野古で座り込みに参加し、どれだけ目の前の海が大切か沖縄戦の体験者に教わった。活動の“効き目”がすぐに表れるわけではない。だが、館山さんは「自分たちの力で沖縄の今を京都の人々に伝えたい。その思いが原動力」と話す。【珍田礼一郎】=つづく
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 ◆憲法前文(抜粋)
 われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
毎日新聞 2008年5月3日 地方版



毎日新聞 2008年5月12日 京都地方版
そこにある憲法:/11 君が代斉唱率100% /京都
 ◇学校で議論なくなる
 「議論しても実りがないから余計なことは言っても仕方ないという雰囲気。職員会議は決定事項の伝達の場で、議論なんかできなくなった」。京都市の小学校に勤務する女性教諭(60)は来春の定年を控え、学校の現状をこう嘆く。
 教師になって36年。道徳教材「心のノート」や2学期制、教員免許更新制の導入など、ここ数年で教育のあり方を大きく変える制度が決まった。しかし、教員同士が職員会議でその是非について自由に議論することはほとんどない。
 学校現場が窮屈になり始めたのは「日の丸・君が代」問題が浮上した時期と重なる。文部省(当時)は85年に卒業式・入学式での君が代斉唱の実施率を発表。京都府は沖縄県に次いで低く、京都市は小学校でわずか3%、中学校に至ってはどこも歌っていなかった。
 文部省は同年、日の丸・君が代の指導徹底を全国の教育委員会に通知。府内でも86年の卒業式から徐々に取り入れられるようになった。市教委によると、国旗・国歌法が成立した99年以降、小中学校での斉唱率は毎年100%を保っている。
 女性教諭は、歌詞に抵抗感があるため斉唱時は起立してこなかった。しかし、今や起立しない教諭は皆無。数年前から、周囲に迷惑をかけたくないという気持ちもあり、仕方なく立つことにしている。
 「でも、起立している間は屈辱感でいっぱい」と女性教諭。君が代実施率の「100%」という数字こそ「学校から自由な議論がなくなったことの象徴ではないか」という気がしている。
 京都市の市民団体「『君が代』訴訟をすすめる会」の北上田毅事務局長は「制服のない高校があるなど京都の教育現場は自由な気風が伝統だった。それが今や国の流れを先取りしたような道徳教育をするなど変化してきている」と指摘する。
 一方、国旗・国歌法成立時に官房長官だった野中広務・元自民党幹事長(82)は「根拠となる法律ができて国旗・国歌が定着したと思っている。社会の秩序の一つとして教師は率先して斉唱してほしいが、人の内心に入ってまで求めるものではない」と話している。【木下武】=つづく
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 ◆憲法第19条
 思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
毎日新聞 2008年5月12日 地方版



毎日新聞 2008年5月14日 京都地方版
そこにある憲法:/12止 「無防備地域宣言」否決 /京都
 ◇「基地の街」問い直す時
 戦争になっても敵国から攻撃を受けないよう、自治体が名乗りを上げる「無防備地域宣言」。宇治市で昨年、機運が高まり、条例制定を目指す署名活動が行われた。
 宣言した自治体は、ジュネーブ諸条約などに基づき、兵器の撤去などを条件に敵の攻撃を受けないとされている。無防備地域宣言運動全国ネットワークによると、これまでに京都市など22自治体で条例案が直接請求された。いずれも議会で否決されたが、4月下旬から兵庫県尼崎市と川崎市でも新たに署名活動が始まるなど盛んになりつつある。
 宇治市には陸上自衛隊大久保駐屯地、宇治駐屯地がある。中心となった「平和・無防備地域をめざす宇治市民の会」(奥森祥陽事務局長)の条例案は、市の責務として「既存の軍事施設の撤去・廃止の実現に努める」と明記。撤廃後の大久保駐屯地を福祉ゾーンなど四つに分けて市民生活の場とすることを提案した。
 昨年4月27日から始めた署名活動では、市民から「街の真ん中に基地があるのは当たり前のことではない」といった声が聞かれた。また、自衛隊員の家族の中にも「イラク派遣はおかしい」「戦争には反対だ」として署名に協力してくれた人もいたという。結局、条例制定の直接請求に必要な有権者の50分の1(3063人)の2倍近い5966人の有効署名が集まった。
 昨年8月2日の臨時市議会。久保田勇市長は「自衛隊施設は復興支援や国連平和維持活動に力を発揮し、地域社会の一員として大きい」との意見書を付託し、条例は必要ないとした。議案は社会議員団2人が賛成しただけで否決された。
 だが、活動が無駄だった訳ではない。奥森事務局長は「署名活動を通じて、市民福祉が足りないなどの声が聞こえてきた。市民が当たり前のように思っていたことに対し、違う考え方があることを知ってもらうきっかけにもなった」と振り返る。【藤田健志】=おわり
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 ◆憲法第9条
 1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
毎日新聞 2008年5月14日 地方版


【2008.05.15 Thursday 09:54】 author : 杉篁庵主人
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憲法を考える

北軽井沢で見つけた大きな枝垂桜


ネット環境のないところに二週間ばかりいて、新聞もお店のをたまに拾い読むだけだった。
帰ってきて、社説にをざっと目を通していたが、憲法記念日の社説はさびしいもの。
まともに考えようとしいてるのは地方紙に多い。
沖縄の二紙と信濃毎日新聞の三回に亘っての社説を転載しておく。
最後に毎日新聞の「社説ウオッチング:憲法記念日 「9条改正」主張なし」を転載。(書こうかと思ったらまとめの記事があった)


沖縄タイムス社説(2008年5月3日朝刊)
[憲法を考える(上)]
9条を「国際公共財」に
 二国間同盟を維持する上で最も大切なのは「相互の信頼」だといわれる。信頼とは、してほしいと相手国が望んでいることをすることだ。
 「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」(地上部隊の派遣)という米国の要求にこたえて小泉政権は、いち早くブッシュ政権支持を表明し、急ごしらえの法律に基づいて自衛隊をイラクに派遣した。
 だが、大量破壊兵器は発見されず、フセイン政権がアルカイダに協力したことを示す証拠も見つからなかった。中東を民主化するというもくろみも「アメリカ的価値の押し付け」だとイスラム世界の激しい反発を招いた。
 イラク攻撃は国連憲章違反の疑いが濃厚である。米国でも「誤った戦争」だとの評価が定着しつつある。問題は「毒を食らわば皿まで」の姿勢に終始する日本の外交・安全保障政策だ。
 イラク国内の戦闘地域と非戦闘地域の区別を問われ、小泉純一郎首相は「自衛隊が活動している地域は非戦闘地域だ」と答えた。
 航空自衛隊によるイラクでの空輸活動は憲法九条に違反するとの名古屋高裁の判決に対し、田母神俊雄航空幕僚長はちゃかすように答えた。「私が(隊員の)心境を代弁すれば『そんなの関係ねえ』という状況だ」
 この発言からは憲法九九条の「憲法尊重擁護義務」を守ろうとする姿勢が全く感じられない。戦前の歴史をひもとくまでもなく、指揮官が平気でこのような物言いをし始めるのは危険である。ここに見られるのは憲法九条に対する根深いシニシズム(冷笑主義)だ。
 在日米軍はすでにして安保条約の枠を超えた活動をしている。事前協議制は空文化し、極東条項も、あってなきがごとき状態だ。憲法九条だけでなく安保条約さえも、現実との乖離がはなはだしい。
 米国が日本に求めているのは、日米同盟を米英同盟のような同盟関係に変えることである。もっと言えば、集団的自衛権が行使できるように日本の法制度を変えることだ。
 だが、想像してみよう。もし、九条がない状態でイラク戦争を迎えていたら、どうなっていたか。米国の国家戦略に従って海外に軍隊を派遣し共に血を流して戦う―そのような同盟関係を築くことがほんとうに望ましい日本の未来像だといえるのか。
 九条改正や同盟強化を言う前に、F15戦闘機の未明離陸をなんとかしてもらいたい。それが嘉手納基地周辺住民の心境だろう。
 沖縄戦から六十三年がたつというのに沖縄は今もって「戦後ゼロ年」(目取真俊さん)のような状況にある。米軍駐留を維持するための施策が社会構造までいびつにしてしまった。
 憲法前文と九条に盛り込まれた平和主義と国際協調主義は、戦争体験に深く根ざした条項であり、沖縄の歴史体験からしても、これを捨て去ることはできない。
 ただ、護憲という言葉に付着する古びたイメージを払拭するには、護憲自体の自己改革が必要である。九条を国際公共財として位置づけ、非軍事分野の役割を積極的に担っていくことが重要だ。


沖縄タイムス社説(2008年5月4日朝刊)
[憲法を考える(下)]
貧困と格差が尊厳奪う
 憲法は今、自分の無力を嘆き悲しんで泣いているのではないか。そう思わせるような暗たんとしたニュースがこの数年、目立って増えた。
 北九州市で二〇〇六年五月、独り暮らしの男性(56)が職を失って生活に窮し、電気、水道、ガスのライフラインを止められ、生活保護も受けられずに死んだ。
 同じ北九州市で〇七年七月、生活保護を受給していた独り暮らしの男性(52)が生活保護を「辞退」したあとしばらくして飢餓状態で死んだ。「オニギリ食べたい」という言葉を日記に書き残して。
 山形市で〇八年四月、五十八歳の無職の男性と八十七歳になる母親が死んだ。無理心中だとみられている。
 後期高齢者医療制度(長寿医療制度)がスタートしたことで男性は「母親の年金から保険料が天引きになって生活が大変」だと周囲に漏らしていたという。実は母親の保険料は激変緩和措置で九月までは年金から天引きされない。男性は母親が免除対象になっていたことを知らずに無理心中を図った可能性があるという。
 低所得者ほど実質的負担が高くなるという「負担の逆進性」が強まっている。
 県内で生活保護を受けている人は〇五年から三年連続で過去最多を記録した。
 国民健康保険料の長期滞納で保険証が使えなくなり、医療を受けたくても受けられない人たちが全国的に増えている。
 貧困と格差の広がりが社会全体をむしばみ、人間としての尊厳まで奪いつつある。
 憲法第二五条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めている。生存権を保障したこの規定は今、かつてない深刻な試練に立たされている。
 〇六年四月、生活保護の老齢加算が廃止され、〇七年四月には母子世帯の母子加算も見直された。低所得者の生活費よりも高いとの理由で厚生労働省は生活保護費の引き下げを検討している。
 受給対象者の増加が国や地方自治体の財政を圧迫しているのは確かだ。だが、ない袖は振れないと保護水準を切り下げたり、生活保護を受けたくても受けられないケースが多発している現状は、生活に困っている人たちの「最後の命綱」を奪いかねない。
 労働、教育、医療などの分野で今、起きているのは「負の悪循環」というほかないような事態である。
 昔の「貧乏」と今の「貧困」は、どこかが違うような気がする。その違いをうまく言い表すことはできないが、昔の「貧乏」には「ぼろは着てても心は錦」のような未来への可能性と希望が満ちあふれていたのではないか。
 希望の持てない社会は、相互の紐帯が弱まり、不安定なバラバラの社会になる可能性がある。
 「すべて国民は、個人として尊重される」。前段で個人の尊重をうたった憲法第一三条は、後段で幸福追求に対する国民の権利について「国政の上で最大の尊重を必要とする」と規定している。



琉球新報社説 2008年5月3日
憲法記念日 今こそ理念に輝きを
 きょうは憲法記念日。1947年5月3日の施行から61年を迎えた。この間、憲法は日本の平和と国民の人権を守る砦(とりで)の役目を担ってきた。だが、いま日本は「違憲」の国になりつつある。憲法を取り巻く動きを検証した。
 戦前の大日本帝国(明治)憲法と、戦後の日本国憲法の大きな違いは主権在民。つまり、天皇主権から国民主権への転換だ。新憲法は天皇を国の「象徴」とし、「主権が国民に存する」と宣言した。
 戦前。国民は「天皇の赤子」だった。天皇のために国民は命を賭して国を守り、そのために多くの国民が戦争の犠牲になった。
司法判断無視の政府
 その反省から、憲法前文は「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることのないようにすることを決意」し、第9条は「戦争の放棄」「戦力の不保持」を明記した。
 しかし、現実は自衛隊という紛れもない「軍隊」を保持し、海外に派遣している。
 ことし4月17日、名古屋高裁はイラクに派遣された航空自衛隊の空輸活動が「他国の武力行使と一体化し、憲法9条に違反する」との判断を下した。
 だが、政府は「違憲」判断を事実上無視し、自衛隊の派遣を継続している。
 憲法は国の最高法規で「その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と、第98条は定めている。
 そして第99条は、大臣や国会議員、公務員らは「憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と明記している。
 法治国家のはずの日本で最高法規の憲法を守らず、従わず、尊重せず、「違憲」行為を重ねる政治が行われている。
 尊重どころか改憲論議も加速している。焦点は常に「9条」で、軍隊の保有が改憲派の主な狙いだ。
 政権与党の自民党は立党50周年を機に2005年11月に新憲法草案をまとめている。
 草案は憲法前文から「国家不戦」の決意を削除。「戦争の放棄」を「安全保障」に変更し、「自衛軍の保持」を明記。国内のみならず国際任務での自衛軍の活動を盛り込んでいる。
 安倍晋三内閣の下で、すでに憲法改正をにらんだ国民投票法を成立させている。
 自民党と連立を組む公明党は、9条を維持しながらも「新たな人権」を盛り込む「加憲」論に立つ。
 野党最大の民主党は改憲、護憲の両勢力が党内で拮抗(きっこう)する中で、自由闊達(かったつ)な憲法論議を是とする「論憲」「創憲」論を展開している。これも突き詰めると「改憲」の流れにある。
 「護憲」勢力の社民党や共産党は、平和憲法の趣旨の徹底を目指す「活憲」論で迎え撃つなど、攻防は水面下で激しさを増している。
護憲のうねりつくろう
 最近の映画「靖国 YASUKUNI」の上映をめぐる動きも憲法論議に発展した。
 文部科学省は国会議員らの要求で、同映画の試写会を行った。試写後、主要シーンの削除や上映禁止を求める動きが議員らから出た。
 憲法は言論の自由、出版など「表現の自由」(第21条)を保障し、検閲を禁じている。「靖国」をめぐる動きは事前検閲や表現の自由を侵害する「違憲」行為にも映る。
 沖縄の現状はどうか。戦後、沖縄が平和憲法の庇護(ひご)の下に入ったのは1972年の本土復帰後だ。
 それまでの米軍統治下の沖縄では国民主権はおろか「自治は神話」とまで言われ、基本的人権は保障されず、多発する米軍犯罪の被害に泣き、銃剣とブルドーザーで家や土地を奪われ、財産権を侵害され続けてきた。
 いま、沖縄は日本に復帰し平和憲法の下にある。それなのに「法の下の平等」に反する米軍基地の過重負担、深夜早朝の爆音被害、実弾演習被害、有害物質の流出や禁止兵器の使用、そして繰り返される米兵犯罪で「平和的生存権」が侵害され続けている。
 条文だけの憲法は役に立たない。尊重し、守り、守らせてこその立憲・法治国家である。
 人権や自治のない米軍統治下で平和憲法を希求し、本土復帰運動を展開した沖縄である。
 失われつつある平和憲法の理念を問い掛け、順守し、実効性を取り戻す運動を沖縄から始めたい。



信濃毎日新聞社説 5月2日(金)
憲法記念日(上) 九条は暮らしも支える
 61回目の憲法記念日がめぐってくる。これまでの数年間に比べれば、改正論議が落ち着きを見せている中での記念日だ。
 福田康夫首相の姿勢が影響している。「広く国民、与野党で議論が深められることを期待している」。改正について国会で問われると、そんなあいまいな答えでやり過ごしている。
 小泉純一郎元首相は「非戦闘地域」という奇妙な理屈を編み出し、戦闘の続くイラクに自衛隊を派遣して憲法の足元を掘り崩した。安倍晋三前首相は、憲法に立脚してきた戦後日本の歩みを「戦後レジーム(体制)」と呼び、そこからの「脱却」を訴えた。
<水面は穏やかでも>
 前任者2人に比べると福田首相は憲法問題から明らかに腰が引けている。内閣支持率が30%を割る現状では、憲法どころではない、というのが本音だろう。
 半面、改正論議は煮詰まった状態にあるのも事実だ。
 憲法とセットで定められた教育基本法は安倍政権の下で見直され、教育の目標に「わが国と郷土を愛する態度を養う」ことが盛り込まれた。改正の是非を問うための国民投票法は2年後、2010年に施行される。
 例えて言えば、湖の水面は穏やかでも、水位はかなり上がっている。首相が代わったり政界再編が起きたりすれば、水は一気に流れ出す可能性がある。
 そのときに備えるためにも、憲法のあり方について、いま、考えを深めたい。
 大事なのは、憲法を暮らしの視点からとらえ直すことだろう。
<高度成長の基礎に>
 元駐アフガニスタン大使、駒野欽一さんから聞いた話を紹介したい。日本政府は新憲法の制定を進めるアフガン政府に対し、法律の専門家を派遣して支援してきた。アフガンの人たちがいちばん聞きたがったのは、日本が経済大国への歩みを進むに当たり、平和憲法がどんなふうに役だったかの話だったという。
 戦後日本が経済建設にエネルギーを集中できたのは、軍備を切り詰めたことが大きかった。
 九条の歯止めがなければ、東西冷戦が厳しさを増す中で、日本は米国からより大きな軍事的役割を求められていたはずだ。韓国のように、ベトナム戦争を米軍と一緒に戦って死傷者を出していた可能性だって否定できない。日本企業のアジア進出にも警戒の目が向けられていたかもしれない。
 日本人が享受してきた安全で豊かな暮らしは多分に、憲法に支えられている。このことは繰り返し強調されてよい。
 防衛庁の制服組トップ、統合幕僚会議議長を務めた西元徹也さんは、九条が日本の安全保障政策の足かせになっていることを講演などで繰り返し訴えてきた。その西元さんも、日本が軍事的野心を持たないことを世界に向けて証明する上で、憲法が大きな役割を果たしてきたことは認める。
 憲法は平和を旨とする日本の基本政策の、いわば“保証書”にもなっている。
 「実質的に自衛隊は軍隊だろう」。小泉元首相は5年前、国会審議でさらりと言ってのけた。
 自衛隊は軍隊なのだろうか。確かに、装備を見れば軍隊に見えないこともない。予算は世界有数の額である。
 「陸海空軍その他の戦力」は持たない、という九条の規定から遠く隔たったところまで、自衛隊は来ているのは事実だ。
 半面、自衛隊は専守防衛政策の「たが」をはめられている。航空母艦、戦略爆撃機など、国土を遠く離れて攻撃できる兵器は持っていない。集団的自衛権はむろん行使できない。
 「特別裁判所は、これを設置することができない」。憲法はこんな言い方で、政府に対し、軍事専門の法廷(軍法会議)を設けることも禁じている。
 国防の義務規定、軍事機密の保護規定、徴兵制…。軍事システムを運用するこうした法制度を日本は持っていない。
 自衛隊と軍の間には今のところ無視しがたい溝がある。自衛隊は軍のように見えて、まだ軍になりきれていない。
<「自衛軍」ができたら>
 自民党の新憲法草案には「自衛軍」の創設がうたわれている。その方向で改憲が行われたら、社会の在り方も一変するだろう。
 軍事機密には特別の保護の網がかぶせられる。国会には秘密公聴会が設けられる。
 「自衛軍」の創設は、自衛隊の現状の追認にとどまるものでは決してない。日本は軍事的価値に重きを置かない社会であることをやめて、戦争ができる国になる。質的な転換である。
 平和で豊かな暮らしを守るためには、九条の縛りを緩めてはならない。自衛隊を「軍」にしてはならない。
   ◇  ◇  
 憲法について、「暮らし」の観点から3回続きで考える。


信濃毎日新聞社説 5月3日(土)
憲法記念日(中) 生存権を確かにしたい 
 人も社会も元気がない。明るい将来を見通すことも難しい。生きにくい世の中になったという切実な声があちこちから聞かれるようになった。
 働いても収入が低く、ぎりぎりの生活を強いられるワーキングプア(働く貧困層)や生活保護世帯が増えている。
 医療や福祉など、暮らしのさまざまな場面で社会的弱者へのしわ寄せが強まるばかりだ。そんな人たちを支えるはずのセーフティーネット(安全網)もほころびを見せ始めている。
<政治は暮らしに冷淡>
 憲法二五条。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めている。生存権の保障である。今の社会は生存権が急速に心もとない状況に追いやられている。
 政治は国民の悲痛な声に耳を傾けているだろうか。首をかしげざるを得ない。暮らしに思いを寄せる力が欠けている。
 「国が借金まみれになったのは税金の使い方を間違ったからでしょう。政治家や官僚が無駄遣いの責任を心から感じていれば、母子家庭など社会的弱者にしわ寄せはこないはず」
 北信地方で暮らしている30代の女性の言葉である。
 小さな工場でパートとして働いている。従業員の8割近くがパートと派遣だ。働き始めて10年近くになるが、正社員への道はない。新しい職を探しても書類ではじかれてしまうことが多い。
 年収は多いときで180万円ほど。仕事がなく、100万円ほどのときもあった。小学生の娘は病気がちで、医療費もかかる。毎月、クレジットカードでお金を借りて、生活費の穴埋めをしている。国民健康保険料を払うのがやっとで、国民年金の保険料を支払う余裕はまったくない。
<深刻化する格差>
 「その日を生きるので精いっぱい。憲法二五条なんて夢のような話」とつぶやいた。
 国税庁が昨年秋にまとめた民間給与の実態調査によると、2006年の年収が200万円を下回った人は21年ぶりに1000万人を超えた。02年は850万人余だったから、わずか4年間で20%も増えたことになる。
 100万の大台を突破した生活保護世帯も危機的だ。政府は、老齢加算と母子加算の廃止を決めた。さらに保護水準の引き下げにも手を付けかねない状況である。
 先進諸国の中では最も低い水準の最低賃金も大きな問題だ。大企業は潤い、中小企業は苦しいまま−。経済の格差がそのまま暮らしの格差となり、企業や社会の活力を失う結果を招いている。
 主な原因は小泉政権が進めた構造改革路線である。安倍政権も踏襲して傷口を広げた。暮らし重視を訴える福田政権も格差については無策に近い。
 競争と効率ばかりが重視された結果、痛みに耐えきれず、多くの人が脱落していった。その矛盾が格差という亀裂を生んだのだ。
 社会に広がったこの亀裂は、人と人とのつながりを分断し、孤立化させている。ネットカフェ難民や路上生活者が増えていることばかりでなく、9年連続で年間自殺者が3万人を超えていることがその深刻さを物語っている。
 ここで確認しておきたいことがある。生存権は、連合国軍総司令部(GHQ)ではなく、当時、貧困問題の解消に取り組んだ日本の国会議員や在野の研究者らの熱意と努力が実らせたということだ。忘れてはならない。
 敗戦後の社会とは違うけれど、時代が変わろうとも、生存権は守り通さなくてはならない。今、求められるのは、生存権を確かなものにすることである。そのためにはどうしたらいいか−。
<異議を申し立てよう>
 二五条第二項を思い起こしたい。国に対し、生存権の具体化について努力する義務を課している。政府、与党はそのことを肝に銘じるべきだ。
 そして、私たち国民は政府の怠慢に、さまざまな手段で異議を申し立てることを考えたい。
 近年、生活保護の老齢加算、母子加算の廃止や減額は、最低限度の生活を保障した憲法に違反するとして、取り消しを求める提訴が相次いでいる。食べて寝るだけが人間なのか、という重い問いを投げかけている。
 昨年の参院選でも、先日の衆院山口2区補選でも、与党が負けたのは、年金や新医療制度など生存権に直結する課題を政府、与党が軽視した結果である。
 暮らしを守るために国民は立ち上がり始めた。とはいっても、この動きは赤子のように、まだよちよち歩きの状態だ。
 生存権に魂を吹き込むには、他者の苦しみに共感する力が必要になる。無関心のままでは異議申し立ても力を発揮しない。共感を連帯へと育てられたら国を動かす大きな力になるだろう。
 生存権を守るため、国民の側から取り組みを強めていきたい。


信濃毎日新聞社説 5月4日(日)
憲法記念日(下) 表現の自由の曲がり角 
 自由にものが言いにくくなっているのではないか。このところ、そのように感じる出来事が相次いでいる。
 靖国神社を扱ったドキュメンタリー映画の一時上映中止。日教組の集会を予定したホテルの一方的な契約破棄。イラク派遣に抗議してビラ入れをした市民への有罪判決…。
 憲法二一条は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」と定めている。一連の“事件”は、いずれも「表現の自由」を、根元から揺るがすものばかりだ。
 何が壁になっているのか、どうすればいいのか。あらためて考えてみたい。
<国民の自主規制>
 表現の自由をめぐる最近の動きの特徴の一つは、国民の側の自主規制の傾向だ。
 例えば、李(リ)纓(イン)監督による映画「靖国 YASUKUNI」が、上映の危機に陥った問題である。一部政治団体の抗議などを警戒した東京都内の映画館を中心に、中止に踏み切る動きが広がった。
 最終的には各地で公開の運びとなったものの、一時は上映の日程が危ぶまれる事態に陥った。
 日教組の全体集会の会場となったグランドプリンスホテル新高輪(東京都)が、右翼団体の妨害行為などを理由に一方的に契約を破棄したケースと似ている。
 公権力が直接中止を働きかけたわけでもないのに、映画館やホテルが事なかれ主義に走った。
 経緯はどうであれ、「表現の自由」の基盤を国民の手で崩した意味は重い。戦前の言論統制から解放されて60年以上もたったというのに、先行きが危ぶまれる。毅然(きぜん)とした姿勢が求められる。
<警察の姿勢に危うさも>
 映画「靖国」については、背後に国会議員の動きがあったことも見逃せない。
 自民党議員の要請がきっかけとなり、国会議員を対象にした異例の試写会が行われた。議員は、映画の政治的な中立性に疑問を投げ掛け、映画が文化庁所管の日本芸術文化振興会から助成金を得ていることを問題にした。
 議員が税金などの使い道をチェックすることに異論はない。だが、表現や思想にかかわる文化事業の中身に踏み込むことには、慎重であるべきだ。表現活動を萎縮(いしゅく)させる恐れがあるからだ。道路財源の使い道とはわけが違うことを、あらためて確認しておきたい。
 表現の自由をめぐる最近の2つ目の特徴は、政治的な主張を書いたビラ配りなどに、警察の捜査の手が伸びていることだ。
 例えば、2004年に自衛隊のイラク派遣に反対するために自衛隊宿舎内に立ち入った市民団体のメンバーが、住居侵入容疑で逮捕・起訴された。一審は無罪となったものの、高裁、最高裁は有罪と判断している。
 ほかにも、同様のビラ配りなどによる逮捕が目立っている。「住居」に立ち入ったのは事実としても、窃盗などの犯罪が目的ではない。ビラを配るために入った結果である。
 これで逮捕となれば、政治的な活動が制限されるばかりか、市民の知る権利が侵害されかねない。捜査のあり方や司法判断に再考を求めたい。
 「表現の自由」を取り巻く状況が、情報社会が進むにつれて複雑になっている点にも、注意を払う必要がある。
 「表現の自由」は、国民が政治をチェックし、参加を果たしていく重要な“武器”である。そのためには、意見を自由に発信するだけでなく、必要な情報を手に入れなければならない。「表現の自由」と「知る権利」は表裏一体の関係にある。
<対話の回路を>
 マスコミは本来、国民の知る権利を代弁する役割を担っている。戦後の新聞・放送・出版は、国や自治体の問題点を国民に伝え、政治をチェックする機能を曲がりなりにも果たしてきた。
 ところが、近年になってマスコミの取材活動に対し、プライバシーの侵害だとして抗議の声をあげるケースが増えてきた。マスコミ=国民が、ともに権力に立ち向かう図式が崩れてきた、と見ることができる。
 国民の立場にどこまで思いを寄せ、利害を代弁できているか、あらためて振り返る必要性を、われわれ報道現場に働く者は痛感している。
 ただ、マスコミの取材活動が法律によって制限されるようなことがあってはまずい。そうなれば、国民の「知る権利」が著しく後退するからだ。
 先に述べたように、「表現の自由」は国民の自主的な規制の動きと、警察の取り締まりの双方から挟み撃ちに遭っている。ここにさらに、取材活動に足かせをはめられれば、国民が権力の動きに目を光らせることはますます難しくなるだろう。
 マスコミと国民の対話の回路をもっと太くしていきたい。「表現の自由」の将来がかかっている。




毎日新聞 2008年5月11日 東京朝刊
毎日新聞より
社説ウオッチング:憲法記念日 「9条改正」主張なし
3日の各紙社説見出し ◇「9条改正」主張なし−−各紙
 ◇生存権の侵害に警鐘−−毎日
 61回目の憲法記念日の3日、各紙は社説で一斉に憲法を取り上げた。昨年の60回目の記念日は「戦後レジームからの脱却」を掲げた安倍晋三首相が憲法改正を7月の参院選の争点にする、と意気込み、憲法改正の手続き法である国民投票法案が成立直前だったため、各社とも戦争放棄と軍隊不保持をうたった9条問題への言及が中心だったが、今年は福田康夫首相が改憲路線とは一線を画し、各社世論調査でも改憲反対が増えた中で、改憲を主張する読売、日経、産経が正面切っての9条改正論を打ち出さず、衆参ねじれ国会打開のための2院制改革などに焦点を移したのが特徴だ。一方、ワーキングプアや非正規労働者の激増という新しい貧困がクローズアップされる中、毎日、朝日、東京は憲法前文や25条が定める生存権をいかに生かすか、という新たな視点で憲法の血肉化を求めた。また、3紙は表現の自由を守る大切さを訴え、毎日は「ことなかれ」世論に警鐘を鳴らした。
 ◇2院制のあり方焦点
 94年に憲法改正試案を発表後、一貫して改憲を訴える読売は、昨年5月の国民投票法成立で衆参両院に設置された憲法審査会がまったく動いていない、と批判。2010年に憲法改正発議が可能になるが「これ以上、遅延させては、国会議員としての職務放棄に等しい」と断じた。また「ねじれ国会」打破のために2院制のあり方を「大いに論議してもらいたい」と注文した。しかし、あれほど熱心だった「9条改正」「安全保障」の文言は見当たらない。新聞社は重要な節目には通常2本で構成する社説を長文の1本社説にするが、この日の読売は2本社説で、風向きの変化を印象付けた。
 日経も「ねじれ国会の迷走を貴重な教訓」に衆院再可決の要件を3分の2から過半数に緩和する59条改正を改めて主張。1本社説の大半を2院制改革論にあてた。
 ◇産経「9条解釈変更を」
 産経は4月に中東イエメン沖で日本郵船の大型タンカーが海賊に襲われ被弾したのに、周辺海域で多国籍軍への給油活動を行っていた海上自衛隊の補給艦と護衛艦が憲法の制約で撃退できなかったことを取り上げ、「憲法守って国滅ぶである」「海賊も撃退できない憲法解釈がいかにおかしなものか」と悲憤慷慨(こうがい)したが、解釈改憲で対応可能とし、正面切っては9条改正を主張しなかった。
 読売、産経の社説に世論の変化の影響が読み取れる。各社世論調査を見てみよう。読売調査(3月15、16日)は改憲賛成が42・5%、改正反対が43・1%と93年以来では初めて非改正派が改正派を上回った。日経調査(4月18〜20日)は「改正すべき」が48%、「現在のままでよい」43%だが、前回(07年4月)比で改正支持は3ポイント低下、現状維持支持は8ポイント上昇した。朝日も改憲派が07年の58%から56%へ、護憲派が27%から31%。同様の傾向を見せた。特徴的なのは朝日調査で9条改正反対が昨年の49%から66%に激増し、改正賛成が33%から23%に減ったことだ。毎日は「あれほど盛んだった改憲論議が、今年はすっかりカゲをひそめてしまった。国民の関心は憲法よりも、暮らしに向かっている」と解説する。
 毎日、朝日、東京は生存権にスポットライトを当てた。
 毎日はイラクの航空自衛隊の活動に対する名古屋高裁の違憲判決が憲法前文の「平和のうちに生存する権利」を法的権利と認めたことに触れ「ダイナミックにとらえ直された『生存権』。その視点から現状を見れば、違憲状態が疑われることばかりではないか」と指摘。後期高齢者医療制度、ワーキングプア、消えた年金などを例示して「『生存権』の侵害に監視を強める地道な努力」を訴えた。
 東京は憲法25条が「すべて国民は、健康で文化的な生活を営む権利を有する」とあるのに、生活保護辞退の強制などが相次ぐ現状を「弱者に対する視線の変化」として「行き過ぎた市場主義、能力主義が『富める者はますます富み、貧しい者はなかなか浮かび上がれない』社会を到来させ」たと分析した。
 朝日も雇用、社会保険、公的扶助の3段階のセーフティーネットの脆弱(ぜいじゃく)さを問題にした。年収200万円に満たずワーキングプアとされる労働者が1000万人を超え、非正規労働者が働く人の3分の1を占める中、「憲法と現実との間にできてしまった深い溝」を埋める必要性を訴えた。
 ◇表現の自由の危機
 右翼のいやがらせへの懸念を理由に、裁判所決定を無視し、日教組の集会を拒んだ東京のホテル。国会議員の介入を機に映画館の上映中止が相次いだ映画「靖国」。毎日は「『面倒は避けたい』と思うのは人情だ。しかし、このとめどもない『ことなかれ』の連鎖はいったいどうしたことか。意識して抵抗しないと基本的人権は守れない。私たちの現状は、やや無自覚に過ぎるように見える」と、集会の自由、表現の自由が脅かされている問題を「『ことなかれ』に決別を」のメーン見出しで取り上げた。【紙面研究本部・長田達治】毎日新聞 2008年5月11日 東京朝刊

【2008.05.13 Tuesday 10:00】 author : 杉篁庵主人
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遠退く「教育立国」の実現



中央教育審議会が教育振興基本計画について「答申」を18日総会で了承したというニュース。

「教育立国」の実現に向けて、というサブタイトルがついているが、時間を虚しく潰して「教育立国」の実現の遠のくような空文を作ってどうするという感じである。答申はこちらで読める。



これに関する今日の社説、二本転載。


朝日新聞社説
教育基本計画―中教審はどうしたのか
 これでは話が違う。初めての教育振興基本計画をつくるため、文部科学相の諮問機関である中央教育審議会が出した答申のことである。
 基本計画は、06年に改正された教育基本法に基づき政府が決める。「教育立国」を掲げ、10年先のあるべき姿を見据えて今後5年間に取り組むべき施策を示すものだという。
 教育現場が抱える課題は多い。とくに深刻なのは学力低下問題だ。学力格差をどう縮めるか。考える力をどう育むのか。そのためには、教師の数や質の向上が欠かせない。
 だから、この答申で最も注目されたのは、教員を増やすなど予算のかかる措置が具体的にどう描かれるかだった。日本の教育への公的支出の割合は、先進国のなかでも低い。教育への投資は、日本の教育を底上げするには避けて通れない課題である。
 ところが驚いたことに、答申には具体的な提言が見あたらないのだ。
 中教審は、授業時間と内容を増やす方針を盛り込んだ今回の学習指導要領改訂を答申する際にも、大前提として教員を増やすなどの条件整備が欠かせない、と明言していた。それを放棄したと言われても反論できまい。条件が追いつかないまま、ただがんばれと言われる現場はたまらない。
 どうしてこんなことになったのか。答申には、財政措置の必要性にさらっと触れたのに続いて、こんな一文がある。「しかしながら、国の財政状況は大変厳しい状況にあり、これまでの歳出改革等の改革努力を継続する必要がある」。まるで財務省の審議会の答申かと見まがう内容である。
 委員の片山善博・前鳥取県知事が「あまりに財政当局に近い内容で、省庁折衝の結果と答申が同じなら審議会はいらない」と怒ったのも当然だ。
 答申づくりにあたって、文科省と財務省などとの事前折衝が行われ、財源の見通しがない具体策は盛り込まぬようタガをはめられた、ということのようだ。しかし、官僚たちの言い分を土台にして答申をつくるのでは、審議会で議論する意味がない。
 教育現場にどんな環境整備が必要なのか、その設計図を描くことこそが中教審の使命ではないのか。それができないのなら、さっさと解散したらと言いたくもなる。
 この答申を受けた基本計画は、来月にも閣議決定される。いま道路財源問題が政治の焦点になっている。財政状況が厳しいからこそ税金の無駄遣いをやめ、優先度の高い分野へ投入しなければならない。教育はその最たるものではないか。
 教育が危うい。政府・与党にその自覚があるのなら、この答申にこだわらず、大胆な財政措置を基本計画のなかで打ち出してみてはどうか。



東京新聞社説 2008年4月19日
教育基本計画 教員増と財政がカギ
 中央教育審議会(中教審)が答申した教育振興基本計画は教員増など根幹部分で数値の明記を避けた。財政的裏付けがないからだ。国は財政面も含めて教育政策の明確な方針を示す時期にきている。
 「『教育立国』の実現に向けて」との副題が付いた基本計画は、特に取り組むべき重点事項に「確かな学力の保証」や「教員が子ども一人一人に向き合う環境づくり」などを挙げる。
 その施策として「必要な教職員定数を措置する」「現場の情報通信技術(ICT)化を進める」などを並べており「教育投資の充実」を訴えているが、増やすべき定員の数や具体的な投資額には触れずじまいだ。
 答申は予算額など数値目標を盛り込めるかが焦点だったが、財務省の反発があって断念したらしい。ある委員から「これでは役人の密室協議で日本の教育が決まってしまう」と批判が出たほどだ。
 公財政教育支出は経済協力開発機構(OECD)諸国の平均が国内総生産(GDP)比で5%なのに日本は3・5%にとどまる。
 この計画に基づき教育政策を進めるのなら、財政支出を講じ、教員増も必要だろう。現時点では計画が実行できるか疑わしい。
 教員は、増やしたくてもできない理由がある。経済財政運営の指針「骨太の方針2006」は「五年間で一万人程度の純減」とし、行政改革推進法には「児童生徒の減少に見合う数を上回る数の純減」と明記されているからだ。
 二〇〇八年度の予算編成では千人純増が特例的に認められたが、これは「教育再生」を重要政策に掲げた前政権の遺産といえる。
 福田政権はというと、教育政策への姿勢がいまだに見えてこない。教員定数について今後はほかの公務員同様に扱うのか、それとも行革推進法を改正してまで増強方針をとるのか不明だ。答申が踏み込めなかったのは、政府の腰が定まらないことにも原因がある。
 東京都は低所得世帯に受験生の塾費用を無利子で貸し出す。公教育放棄との批判もあるが、学力対策が塾任せとなっている現実を見ての政策でもある。
 大阪府は公立小学校の低学年で実施中の三十五人学級を廃止する案を明らかにした。基本計画で提言する少人数指導には逆行するが、財政状況が苦しいからだ。
 現場を抱える自治体は教育でも早急な対応に迫られている。一方で政府は方向を打ち出せない。これでは「教育立国」は難しい。




中教審自体に疑義を持つものだが、先日そこで出した新学習指導要領案を日本会議を始めとした横やりで文科省側が勝手にアチコチを書き換えて告示した時も反応が悪かった。今回も財務省のいうがままになって文句も言えないのなら、独立した審議会に何の意味があるのかと思う。
【2008.04.19 Saturday 10:26】 author : 杉篁庵主人
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入学金未納



読売新聞
千葉の県立高校、入学金未納の生徒2人を式に出席させず
 千葉県八千代市の県立八千代西高校(生徒339人、大迫太校長)が、入学金を持参しなかった男女の生徒2人を8日の入学式に出席させず、別室で待機させていたことがわかった。
 2人は同日中に全額または一部を納め、式終了後に校長室で入学許可を言い渡された。
 同校の須藤信夫教頭によると、学校側は3月上旬に新入生159人の保護者へ郵送した文書と同月中旬に開いた入学説明会で、入学式当日に入学料5650円と教材費などの入学金計9万円を持参するよう連絡。用意できない場合は分納も可能と説明した。しかし、2人は持参せず、学校側は滞納の可能性があると判断した。2人は保護者と相談し、男子生徒は昼過ぎに9万円全額、女子生徒は夕方に2万円を納入した。
 同校によると、男子生徒の保護者は入学説明会には出席したが、事前に分納などの相談はなかった。女子生徒の保護者は分納を申し入れ、入学式当日に2万円を支払うことで合意していたという。
 県教委によると、全県立高校で、入学式当日に入学料などを学校に直接納入することで入学手続きが完了する仕組みになっている。
 須藤教頭は「入学金を納めないと、県条例により入学させられず、式に出席させても入学者として名を読み上げられない。苦渋の判断だった」と説明。県教委指導課は「学校側の事前説明は十分で、やむを得ない措置だった」としている。
 一方、県内の高校教諭らでつくる教職員組合「教育フォーラムちば」は「非教育的な行為だ」として、就学援助制度確立などの要求書を堂本暁子・千葉県知事に提出した。(2008年4月14日14時21分 読売新聞)



多くの新聞がニュースにしているだけで論評が無いのがこのニュースの特徴である。

「それにしても四角四面のお役所的頭ではないか。1、2日ぐらい待てないのだろうか。学校は誰のための学校か。校長の腹で県条例は柔軟に対応できたはずである。官僚精神の見本のような話で日本の教育界に、いつから人間性希薄な、こんな干からびた現象がはびこり始めたのだろうか」(紀伊民報のコラムの要約)という疑義がニュースになった所以であろう。

体験的な見地からいうと、卒業を前に授業料滞納で卒業証書が渡せないと教員が家庭訪問し、保証人のところまで出掛け、それでも埒が明かず、最終的に卒業させたい担任が被っていたケースさえ知っている私としては、後の滞納を解消しようという労力を考えるとまずは納入を確保するための処置で、「規則だからそうした」というものではないと思う。しかし、この処置を決して妥当だとは言えない。
一つの解決策は、合格発表後、入学金を指定金融機関へ払い込む納入期日を入学式より数日前に設定しておくことではなかろうか。式当日に入学金などを教員が徴収する千葉県は異例という。
しかし、問題の根源はそんなところにあるのではない。
こうした滞納問題は昔からあったことだが、これを特別なケースとしてでなく抱え始めたのはいつごろからだったろう。萌芽は20年以前からあった。社会的にはこの10年前くらいから顕在化した。ここには貧困に起因するものと、保護者の不払いを是認する(払わなくったっていいだろう)意識によるものと見定め難く混在している。
これは社会が病んでいる証左でもある。私は高度成長期・バブル期を通して金儲け第一を目指した社会のありようの中で作られた事態のように思える。(具体的には人々の意識の学校や教師に対する軽視の増大が一つである)
現実として、給食費といい授業料といい未納問題は現場教師にとって解決指導に際して様々の配慮を必要とする問題である。援助制度を利用してもらおうとしても拒否する保護者もいて、また援助制度も充足したものでもない。
少なくともこうしたことは教員の負担にならないような体制を作ってもらいたいが、事務が「事務的」仕事として生徒の置かれている状況に配慮無く生徒を傷つけるケースもまた実態としてあるので解決の難しい問題となっているのである。

【2008.04.14 Monday 23:21】 author : 杉篁庵主人
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君が代不起立処分

↑3/30の桃。
この桃の花も満開を過ぎ今日ははや散り始めている。
庭には今日の強い風で飛ばされた桜の花びらも舞い落ちている。



都立校教師の処分で懲戒免職処分はなかったが、不起立での処分は今年もなされた。
東京地裁が先月7日、不起立を理由に再雇用しなかったのは裁量権の乱用だとして、都に2700万円の賠償を命じる判決を言い渡したのに、戒告の2人の定年後の再雇用や非常勤の合格も取り消した。
行政がこんな政治的判断をしていいのか。
脅して随わせ、次は口をあけているかチェックするのだろうか。
毎日新聞の記事はこの経緯を好くまとめている。
これは確かに「日本社会のありようが問われている」問題で、湯谷記者の感じた「異様な力」を分析批判するのがメデアの責務であろう。


「プリンスホテルの教研集会拒否」「学習指導要領の異例の修正」、今日の報道にある「「靖国」の上映中止」とこの「異様な力」が浸透し、これへの批判が大きくならない状況をどう変えられるだろう。



以下、「処分」に関する記事と「映画「靖国」上映中止」の記事を転載。


毎日新聞
記者の目:君が代 不起立で処分される教師=湯谷茂樹
 卒業式で「君が代」が斉唱される約1分間の不起立を理由に今春、一人の東京都立校教師が学校から追われようとしている。卒業・入学式で国旗掲揚・国歌斉唱を実施するようにとの指導が強まり、反対してきた教師が次々に起立・斉唱に転ずるなか、この教師は、自らの良心に従って不起立を貫いてきた。その姿は、周囲をうかがい迎合するのではなく、勇気を持って行動することの大切さを教えているようにも見える。この静かな不服従に東京都教育委員会が免職や停職処分で臨むことは、はたして適切な教育行政なのだろうか。
 教師の名は根津公子さん(57)。都内の公立中で家庭科を教え、平和教育にも取り組んできた。昨春から都立南大沢学園養護学校で勤務している。
 根津さんは不起立の理由を「『自分の頭で考えて、おかしいと思ったら、やらない。正しいと思うことだったら、一人でも行動すべきだ』と生徒たちに語ってきた自分の教育に反してしまうから」と説明する。
 根津さんの不起立に対する都教委の処分は、05年3月の卒業式で減給10分の1.6カ月▽同年4月の入学式で停職1カ月▽06年3月の卒業式で停職3カ月▽07年3月の卒業式で停職6カ月−−と加重されてきた。停職6カ月より重い処分は免職しかないため、24日の卒業式でも起立しなかった根津さんへの免職処分が懸念されているのだ。
 卒業・入学式での日の丸掲揚や君が代斉唱は、99年の「国旗・国歌法」成立以降、文部科学省の強い指導もあって、全国的に実施されるようになった。それでも反対はあり、文科省によると06年度に不起立やピアノ伴奏の拒否など国旗・国歌を巡り処分された教職員は全国で98人にのぼる。しかし、教育現場からの排除を意味する停職処分を出しているのは東京都だけだ。国旗・国歌法成立時の官房長官だった野中広務・元自民党幹事長も「東京の処分は間違い。私は答弁で、人の内心まで入ってはいけないと言った」と批判する。
 不起立は、根津さん個人の思いに基づく行動だ。
 日本教職員組合(日教組)は94年まで「君が代は、歴史的役割、歌詞が国民主権の憲法に違反しているので反対。日の丸は、国の標識としてあることは事実だが、学習指導要領によって学校に強制することには反対」との運動方針を掲げてきた。しかし、村山政権発足を機に、95年に文部省(当時)との関係を協調路線に転換、反対方針をおろしている。根津さんの加盟する日教組傘下の東京教組は、反対方針は変えていないものの、反対行動の提起はしておらず、処分に伴う経済的損失までは「支援できない」という姿勢だ。
 こうした中、都教委は03年10月23日付で「教職員は、国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する」ことや対面式の会場を認めないなど、卒業・入学式の国旗掲揚や国歌斉唱方法などを細かく定め、その実施を命じる校長の職務命令に従わない場合、服務上の責任に問われることを明記した「10・23通達」を出した。対象は都立校だが、都内の市・区教委などへの影響は少なくない。それまで反対していた教員も起立・斉唱することが多くなった。不起立を貫く教員は目立ち、さらに締め付けは強まった。不服従のシンボル的存在になった根津さんは今年2月、日の丸・君が代強制に反対する意味の文言が書かれたトレーナー着用を巡り、脱ぐようにとの職務命令に違反したとして都教委から事情聴取された。命令を出した養護学校長に、他の教師が着ていたら同様の命令を出すのかと聞くと、返事は「答えられない」だった。
 君が代不起立は、授業をしないとか、生徒を傷つける言動を繰り返すといった事案とは異なる。処分を巡る司法判断は分かれるが、「10・23通達」を違憲とした06年9月の東京地裁判決が「皇国思想や軍国主義の精神的支柱として用いられ、現在も宗教的、政治的に価値中立的なものと認められるまでには至っていない」と君が代について指摘したように重い歴史のある問題だ。
 大阪府内のある学校の卒業式で、「強制反対」と声を上げた教師が威力業務妨害で告発される「事件」を取材したことがある。立件されることはなかったものの、異様な力を感じた。
 私たちは、多くの命が奪われたアジア・太平洋戦争から、「お国」も間違うことを学んだ。国旗・国歌はそれぞれ歴史を持つ「お国」の象徴だ。国民それぞれに思いがあるのは自然だ。
 「良心に基づく不服従」への処分は、東京都だけの問題ではない。日本社会のありようが問われている。(大阪編集局) 2008年3月26日 0時05分



報道記事の比較


毎日新聞
君が代:卒業式不起立の教員20人処分 都教委 
 東京都教育委員会は31日、今春の卒業式で「君が代」斉唱時に起立しなかったなどとして、都立高校など公立学校の教員20人(昨春比15人減)を懲戒処分にした。国旗・国歌の指導徹底通達(03年10月)以降、懲戒処分を受けた教職員数は延べ408人となった。
 最も重い停職6カ月は都立南大沢学園養護学校の根津公子教諭(57)ら2人。ほかは減給(10分の1)6カ月2人▽減給(同)1カ月7人▽戒告9人。戒告のうち2人は、それぞれ定年後の再雇用や非常勤の合格が取り消された。 2008年3月31日 21時50分



朝日新聞
君が代不起立、20人を処分 都教委
2008年04月01日03時00分
 今春の卒業式で「君が代」を起立して斉唱しなかったとして、東京都教育委員会は31日、教員20人を懲戒処分したと発表した。
 10回目の処分となる教諭ら2人が停職6カ月となった。都教委は「再三の指導、処分にも反省がみられない」としている。今回が3回目の処分となる2人を減給10分の1(6カ月)、2回目の7人を同(1カ月)、初めての9人を戒告とした。処分者は昨春より15人減った。また戒告を受けた教員のうち、退職後の再雇用や非常勤教員選考に合格していた2人の合格を取り消した。
 都教委に処分を受けた教員でつくる「被処分者の会」は「都教委の強制は違憲との判決もあり、不当な処分だ」と話している。



読売新聞
国旗・国歌で教員20人処分。都教委。昨年より4割減(東京)
 卒業式で国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを拒んだなどとして、都教委は31日までに、都立高など計18校の教員20人に対し、停職などの懲戒処分を行った。
 都教委によると、35人が処分を受けた昨年から15人減。内訳は停職6か月2人、減給10分の1(6か月)2人、同(1か月)7人、戒告9人。学校別では、都立高13校15人、都立養護学校3校3人、区立小1人、市立小1人。
 20人のうち18人は国歌斉唱の際、国旗に向かって起立せず、校長から命じられたにもかかわらず従わなかった。ほか2人は式典会場から立ち去った。
 停職6か月のうち1人は、国家斉唱時に起立しなかったことに加え、勤務中に「強制反対 日の丸 君が代」とプリントされたトレーナーを着用し続けた。戒告の9人のうち2人は、新年度から嘱託職員と非常勤職員として再雇用が内定していたが、取り消された。 (2008年4月1日 読売新聞)



「靖国」の上映中止の報道


日刊スポーツ - 2008年3月29日
「靖国」めぐり映画関係者に広がる危機感
 靖国神社を題材にしたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」(李纓監督)をめぐり、異例の国会議員向け試写会が開かれたり、一部映画館が上映を中止したりしたことに対し、映画関係者の間に「表現の自由が侵されかねない」との危機感が広まっている。映画演劇労働組合連合会(映演労連)は文化庁などに質問状を送付、日本映画監督協会も近く声明を出す。
 映演労連は「試写会は文化庁が与党議員の圧力に押されて開催され、表現の自由が侵されかねない重大問題だ」として、経過や今後の対応の説明を求める質問状を文化庁に送付。試写を求めた自民党の稲田朋美衆院議員にも「政治介入に強く抗議する」との文書を送付した。
 これに対し、文化庁は「どういう形で対応するか検討している」としている。
 李監督が所属する日本映画監督協会も近く、表現の自由を守る立場から声明を出す。同協会は「危険な企画はやめておこうという自主規制が働くことが心配だ」と話す。
 映画は、終戦記念日の靖国神社の情景や、軍刀「靖国刀」を作る刀匠の思いを日本在住の中国人李監督が描いた。今年の香港国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞し、李監督は「順調に公開できることを願っている」とコメントした。
 [2008年3月29日19時47分]



毎日新聞
映画:中国人監督が取材、「靖国」上映中止 「抗議で近隣迷惑」5映画館自粛
 靖国神社を描いたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」をめぐり、4月12日からの上映を決めていた映画館5館が31日までに上映中止を決めた。相次ぐ自粛で、当面、公開のめどが立たなくなった。
 中国人のリ・イン監督が、10年間にわたり、終戦記念日の靖国神社などを取材した映画で、軍服姿で参列する人や、台湾や韓国の遺族が抗議する姿も描いている。今年の香港国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した。
 映画は文化庁が管轄する「日本芸術文化振興会」から約750万円の助成を受けていた。週刊誌に「反日的内容」との記事が掲載され、自民党議員の一部から助成の妥当性を疑問視する声が上がり、全国会議員を対象とした異例の試写会も開かれた。
 3月18日に東京・新宿のバトル9が上映取りやめを決定。その後、銀座シネパトス、渋谷Q−AXシネマ、シネマート六本木、シネマート心斎橋も中止を決めた。銀座シネパトスを経営するヒューマックスシネマは「上映中止を求める電話がかかったり、周辺で抗議行動があった。近隣や他の観客に迷惑がかかるため、中止を決めた」としている。一方、Q−AXシネマの営業責任者は「具体的な抗議や嫌がらせはないが、不特定多数の人が集まる施設なので、万が一のことがあってはならない」と、上映見送りの理由を語った。
 映画を配給するアルゴ・ピクチャーズは「上映中止になったことに憤りを感じる。言論と表現の自由の危機。大阪市の別の映画館と名古屋市内の映画館が上映の意向を示しており、都内についても引き続き上映館を探していく」と話している。
 日本映画監督協会も、「表現の自由が侵されかねない」とする抗議声明を出した。
 ◇表現機会、保障を−−鈴木秀美・大阪大法科大学院教授(憲法)の話
 原則自由である映画館だからこそ、上映できる作品は少なくない。映像で社会に訴えて論争を巻き起こしたいという表現者たちにその機会を保障するのが映画館の本来の役割。映画館側が、近隣施設への迷惑や混乱が予想されるという抽象的な危険だけで、上映を中止するのでは、日本の映画界における表現の自由の幅を狭めると批判されてもやむを得ないのではないか。毎日新聞 2008年4月1日 東京朝刊



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【2008.04.01 Tuesday 10:26】 author : 杉篁庵主人
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