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茨城県議選結果




12日投開票された茨城県議選(定数65)で各党議席は次のような結果となった。
自33(45)、民6(6)、公4(4)、共1(2)、み2(1)、無19(6) ※( )は選挙前

民主党は、前回2006年の県議選では、11人擁立して6人当選。
官邸や民主党執行部は10人当選というきわめて消極的で、明確な戦略のない設定をして選挙運動をしていたという。結果、推薦を含めて24人を擁立しながら6議席と推薦1人を含めて候補者の4分の3が落選した。
なかには供託金没収ラインに近いといったケースまででる。
具体的には、現職2人が議席を失い、新人(推薦1人を含む)は3勝16敗の惨敗。
県連は党本部の方針に沿い、全選挙区での候補擁立と3人区以上の複数区で2人以上の擁立を目指し、昨年の政権交代直後から準備を勧めてきてはいた。まずは目標の44人には及ばないものの、“保守王国”茨城で24人の公認、推薦候補を立てていたのだった。
自民党系候補との一騎打ちとなった4選挙区では全敗。複数候補を擁立した4選挙区で、2人が当選したのは日立市だけ。
自民党は改選前の45議席から推薦6を含む39議席に減らし、公明党は現状維持の4議席、3人を擁立したみんなの党は2議席を獲得し、共産党は1減の1議席だった。
これほど民主への風当たりが強かったのにも関わらず議席を減らした自民もまさに「惨敗」。 保守王国といわれる茨城での結果である。自民が盛り返しているとの報道があるが、その気配はない。
投票率は49.00%。

この選挙結果は、自民も民主も選べない、投票したい人がいないから棄権するか無所属を選んでは見たが、政治不信はいよいよ深まった、ということを示している。国民は信託すべきところをもてないでいる。

そう思って、投票率の変遷を見てみた。
これまでの茨城県議会議員選挙の投票率
昭22.  84.41% 
昭26.  85.12 
昭30.  79.85 
昭34.  83.26 
昭38.  80.71 
昭42.  70.92 
昭45.  72.81 
昭49.  73.47 
昭53.  74.75 
昭57.  71.44 
昭61.  70.90 
平 2.  65.07 
平 6.  55.70 
平10.  50.64 
平14.  47.57
平18.  47.94
平22.  49.00%  

この表で見ると気になるのは、平成になって何が変化したのか、である。昭和61年の70%から平成10年の50%への落ち込みは何を示すのか。
ここに政治状況を示すものがるのだろう。
以下「ウィキペディア」より
日本は、土地への投機熱でバブル景気が起こっていた時期である。冷戦終結の時期であり、1989年(平成元年)にはベルリンの壁が崩壊、マルタ会談で米ソ首脳が冷戦終結を宣言し、東ヨーロッパでは次々と革命が起こって共産党政権が倒された。1990年(平成2年)には湾岸戦争が勃発し、1991年(平成3年)12月25日には冷戦の盟主国の一角であるソ連が崩壊した。ソ連崩壊により、アメリカナイゼーションとグローバル資本主義が世界を席巻した時代で、アメリカ一極体制の時代である。日本社会は「失われた10年」と呼ばれた不況の時代が続き、護送船団方式が崩壊。就職氷河期やデフレが起こった。政界では55年体制が崩壊し、政界再編が活発化した。
平成に改元された当時の竹下登内閣以降、短命な内閣が続き、2001年(平成13年)までの12年間に首相が10人、平均の在任期間が1年強という混迷の時代が続いた。この中には日本政治史上記録的な2つの短命内閣も含まれている(宇野宗佑内閣(69日)、羽田孜内閣(64日))。小泉純一郎内閣(2001年(平成13年)4月 - 2006年(平成18年)9月が平成初の長期政権で、小泉の首相在任期間は戦後3位(1980日)である。

抵抗勢力をなくしアメリカ一辺倒に傾いて、日本の政治・経済が新自由主義に染まり、支柱を失って混沌となり、崩壊していった過程のように見える。
そこを踏まえれば、解答は見えているはずなのだ。
あぁ、それなのに、どうしてその方向に向かえないのだろう。


 【茨城新聞】  2010/12/13 09:38
民主不振6議席、自民安定維持 県議選・投票率50%届かず
みんな1増の2議席  任期満了に伴う県議選(定数65)は12日、無投票区を除く28選挙区で投票され、即日開票の結果、57議席が確定。先の無投票当選者と合わせ、新県議 65人が出そろった。政権交代後初めての都道府県議選で、民主党は過去最多の24人(うち推薦1)を立てて勢力拡大を目指したが、菅政権への逆風が影響し各擁立区で不振。地盤のひたちなか市区で現職の佐々木忠男氏が議席を失うなど、現有と同じ6議席にとどまった。菅直人首相の政権運営に痛手となるのは必至だ。自民党は33議席を確保し、引き続き安定勢力を維持。初参戦のみんなの党は取手、守谷市区で2議席を獲得した。公明党は現新4人が全員当選。共産党はつくば市区で議席を守れず、1議席に後退した。投票率は49・00%で前回の47・94%を1・06ポイント上回った。
 新県議の現新別内訳は▽現職45人▽元職2人▽新人18人。現職勢では当選3回の黒部博英氏(常陸大宮市区)、同2回の山中泰子氏(つくば市区)ら6人が落選した。新人18人は1974年の19人に迫る大量当選で、世代交代が一気に進んだ。
 民主党は20選挙区に公認・推薦計24人を擁立。うち4選挙区に2人を立て、議席の大幅増を目指した。選挙戦では岡田克也幹事長、鳩山由紀夫前首相、蓮舫行政刷新担当相など「オールスター」を連日投入した。
 しかし、ひたちなか市区で旧社会党時代から守ってきた伝統の議席を失い、那珂市区でも現職の遠藤実氏が落選。水戸、日立、土浦市区の現職3人と、日立、古河、筑西市区の新人3人の計6議席にとどまり、目標の2桁台に遠く及ばなかった。
 郡司彰民主県連会長は同夜、記者会見し、「私たちが目指した数字より、かなり少ない。厳しい結果だ」と語った。
 自民党は今期限りで山口武平氏(89)ら現職10人が引退し、世代交代の中で31選挙区に公認・推薦計44人を擁立。現職3人が涙をのんだが、公認33人、推薦6人が当選。今後、推薦していない無所属当選者6人前後の会派入りも見込まれ、最終的に改選前(45議席)とほぼ同じ会派勢力が維持される見通しだ。
 中村喜四郎衆院議員(無所属)を支援する自民県政クラブは現職3人が当選し、無所属当選者2人前後の会派入りが予想される。
 みんなの党は、自民からくら替えした守谷市区の現職、梶岡博樹氏と取手市区の新人、細谷典男氏が議席を獲得し、初参戦で県議会進出を果たした。
 前回20年ぶりに4議席を確保した公明党は、水戸、日立、土浦、つくば市区の現新4人が全員当選を飾った。
 共産党は水戸市区の大内久美子氏が唯一議席を守った。
 各党は来春の統一地方選の前哨戦と位置付け、党幹部クラスを国政選挙並みに投入。選挙戦は県議選史上かつてない政党対決の様相を見せた。

 

 

【2010.12.14 Tuesday 09:34】 author : 杉篁庵主人
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この記事に関するコメント
新聞も取れぬ年寄りには有難いブログ、初めての受信です。公平な解説付きの情報、今後もお願い申し上げます。
| ojin | 2010/12/14 6:27 PM |
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