「さんこうあんにちじょう」は、HP「杉篁庵」(sankouan)の1頁です。
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愛妻家の日



今日は愛妻家の日なのだそうだ。

「英語のI(アイ)と31(サイ)にかけ毎年1月31日を「愛妻家の日」とします。その日の午後8時日本中の300万人の夫が食卓につき妻に感謝とねぎらいの言葉をかけると、日本は少し平和になるかもしれないという壮大な社会実験」が提起されていました。
愛妻家の日「妻にありがとう大作戦」。

2013年1月31日愛妻の日は、世界で最もハグの苦手な日本人がハグで世の中を一瞬明るくしてみることに挑戦する日にします。
100万人が同時にハグすれば日本はちょっといい感じになるかもしれない。
ふたりの愛を確かめるのもいいし、ふたりで誰かの幸福を願うのもいい。
照れ臭さと恥ずかしさを乗り越えたときに新しい自分と出会える、たぶん。
実施日時 :2013年1月31日午後8時9分(世界一斉ハグタイム)
実施場所 :それぞれのそれらしい場所で
実施方法 :特に開始の合図はありません。随時行ってください。


日本愛妻家協会は、持続可能な夫婦関係はどうも世界の平和と地球環境の保全につながっているらしいと気づいたオヤジたちが始めた、いたってスローな活動。
総本部は群馬県吾妻郡嬬恋村「ワガツマコイシ村」にあり現代ではキャベツの産地として有名だが、実は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が世界で始めて愛妻家宣言をした場所で、その証拠がそのまま地名として現代に生きている世界に散らばる愛妻家にとっての聖地なのだそうです。 

ただ、「倭建命、日本武尊(ヤマトタケル)」が「愛妻家」であったかどうかは見方にもよろうか。
倭建命の英雄説話は数人の英雄たちの寄せ集めであるといわれるが、妻も1人ではなく「吾が妻恋し・・・」と叫んだ「弟橘媛(おとたちばなひめ)」もその中の1人であり、后といっても妾的な存在だった。「東征」に行く際にこの弟橘姫を同行し、途中先ず、尾張へよって美夜受媛と婚約してから出かかけており、途中でタケルのために犠牲になってくれた弟橘姫の訃報を聞いて「吾が妻恋し」と叫んでも、愛妻と言うより、哀惜の想いを感じてしまう・・・・。

弟橘媛が危機に際し、自らの命に替えて危機を救おうとする際に、かつて火攻めに遭った時の夫倭建命の優しさを回想する歌を詠んでいる。
さねさし相模(さがむ)の小野に燃ゆる火の火中(ほなか)に立ちて問ひし君はも
(相模野の燃える火の中で、私を気遣って声をかけて下さったあなたよ……)

倭建命が走水の海(いまの浦賀水道)を渡る時、渡の神が波を起こして船を進ませなかった。そこで后の弟橘比売は「あれ御子にかはりて海中に入りなむ。御子は任(ま)けらえし政(まつりごと)遂げて覆奏(かへりごとまをし)たまはね」と言って、菅畳八重、皮畳八重、きぬ畳八重を波の上に敷いて、その上に降りた。すると荒波は凪いで、船は進んだ。比売は我が身を捧げて神の怒りを鎮め、夫の危難を救ったのである。これはこの時、相模の野で夫が我が身を案じてくれたことを思い出し、比売が詠んだと伝わる歌である。
弟橘姫は、倭健命の思い出を胸に、幾重もの畳を波の上に引いて海に入るのである。

「愛」を語るなら弟橘媛の方から語りたいもの。  

 

【2013.01.31 Thursday 15:48】 author : 杉篁庵主人
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