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行徳五ヶ町秋祭の子供神輿
都心から地下鉄で約30分の行徳は、現在は東京のベットタウンとなっているが、江戸時代には幕府直轄領で、水運の要所として、成田街道の宿場として、また大事な軍事物資の「塩」の供給地として栄えた街であった。こうした歴史がこの祭りの背景にはある。
また、現在は中台神輿店しかないが、過去には後藤直光神輿店、浅子周慶神輿店があり、神輿制作の町でもあった。大正、昭和では東京の神輿の半分以上ををこの行徳で作成したといわれる。
その行徳のかつての中心地の本行徳地区で3年毎に、大祭が催される。この祭りでは、台座・5尺6寸(約170cm)の大神輿(幕末期の浅子周慶作)を地面すれすれで揉み、片手で指し、空中に投げ受けるといった神輿の担ぎ方(もみかた)が独特のもで、 五つの町内会が順番に神輿渡御を受け継ぐ。明け方前から神事が始まり、日の出近い時間に最初の受け持ちの宮元の1丁目から渡御が始まり、夜9時ぐらいに最後の当番町内の本塩の渡御が終わる。各町内が次の町内へ神輿を引き渡すため渡御を終わらせる時、もっと神輿を揉みたい担ぎ手と時間通りに渡御を進行したい役員との「せめぎ合い」も一見。
本祭の予定は、3:00から一丁目神明社で神前ノ儀、4:00から一丁目豊受神社で御霊遷し、出御ノ儀、4:40〜5:50 下新宿渡御を行い、6:00から一丁目神輿渡御を開始。その後、二丁目、三丁目、四丁目、本塩の神輿渡御、17:40 本塩豊受神社宮入。この予定が最後は二時間以上の遅れになるのが通例て、このあと、一丁目豊受神社に移り、御霊納、還御ノ儀、神輿倉入れ、と神事が続く。
この様子は、「行徳寺町案内」の「行徳五ヶ町秋の大祭・宵宮・本祭り1・本祭り2」で、2008年(平成20年)の様子をアップしている。

今朝は子供神輿の出発を見送った。










 
【2014.10.12 Sunday 09:22】 author : 杉篁庵主人
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この記事に関するコメント
拙い文を参考にしてもらいありがとうございます。行徳の事が書いてある記事を見るとうれしくなります。

育った二丁目と生まれた四丁目で神輿を揉み、ヘトヘトです。
| スイカ | 2014/10/14 4:46 PM |
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