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「危ふき時代(とき)」を迎えて、参院選を前に

 

2012年12月の衆院選で、危惧は危惧のままに現実となって以来、「危ふき時代(とき)」は深まり続けている。
いつまでたっても覚醒の時が訪れない。

 

東京の三宅がどこまで伸びえたかに僅かな期待をもっていいのかとの思いはうまれているものの、全国的な選挙情勢には大きな変化が見られない感じで、明日の参院選投票日を前に、一言だけやはり書いておく。

 

 

「日本は暗黒時代に入っている。/やがては、憲法改正、核武装、徴兵制へとその道は進んでいく。/やはりこの時、沈黙は「悪」であろう。」と書いたのは、2015.12.30 。
その更に、その二年前の2013年12月30日のブログ「良い年なんて来るのか?」と書いているが、このブロクで政治的記事がなくなったのは、2012年12月の衆院選後であったから、私の絶望感は三年半を超えている。


「善師者不陳,善陳者不戰,善戰者不敗,善敗者不亡。」(前漢書 刑法志第三 より)
「善く師する者は陳せず、善く陳する者は戦わず、善く戦う者は敗れず、善く敗るる者は亡びず。」
これは、北村薫の『ベッキーさんシリーズ』の「幻の橋」と「鷺と雪」という小説の中に出てきて知った言葉だ。
小説から引用すると、「うまく軍を動かす者なら、布陣せずにことを解決する。しかし、その才がなく敵と対峙することになっても、うまく陣を敷ければ、それだけでことを解決できる。さらに、その才がなく実戦となっても、うまく戦えば負けない」。そして、「善く敗るる者は亡びず」。
さて、「善亡者」とはありうるのだろうか、と考えてしまう。
この北村薫のベッキーさんシリーズは、五・一五事件から二・二六事件までの四年間を世俗から離れた令嬢の視点から活写した作品だった。
令嬢のお抱え運転手であるスーパーレディの「ベッキーさん」は様々の疑問をさらりと解決して爽快なのだが、最後に示さる彼女の諦念が今の私の絶望とシンクロする。
「いえ、別宮には何も出来ないのです」「何事も――お出来になるのは、お嬢様なのです」という最後のセリフに、若い人たちの覚醒を期待するしかない絶望を読んではいけないのだるうか。

 

さて、6月27日発売号の「週刊現代」で、がんとの闘いを続けている大橋巨泉(82)が、休載していた週刊現代のコラムを、「何時まで生きられるかわからない」と深刻な病状を告白したうえで、最終とした。
「今週の遺言」と題したこのコラムによると、「このままでは死んでも死にきれない」と、最後の遺言として「安倍晋三の野望は恐ろしいものです」。参院選で野党に投票するよう読者に呼びかけている。
巨泉が集中治療室に入り、コラムの連載が終了したことは各テレビ局でも大きく報道されたが、彼が最も伝えたかった〈安倍晋三の野望はおそろしい〉〈選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい〉というメッセージを放送した番組はひとつもなかった。
〈今のボクにはこれ以上の体力も気力もありません。だが今も恐ろしい事や情けない事、恥知らずな事が連日報道されている。書きたい事や言いたい事は山ほどあるのだが、許して下さい。しかしこのままでは死んでも死にきれないので、最後の遺言として一つだけは書いておきたい。安倍晋三の野望は恐ろしいものです。選挙民をナメている安倍晋三に一泡吹かせて下さい。7月の参院選挙、野党に投票して下さい。最後のお願いです〉

 

 

【2016.07.09 Saturday 16:46】 author : 杉篁庵主人
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