「さんこうあんにちじょう」は、HP「杉篁庵」(sankouan)の1頁です。
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李清照の「金石録後序」の紹介



水曜の日課ではあるが、医者に顔を出し、図書館二館を廻る。
そこで、「中国名文選 」(岩波新書 新赤版 1113) 2008年1月22日 第1刷 著者・興膳宏(京京都大学名誉教授) という本を見つけて借りてきた。


中国の古典の名文選。孟子・荘子から宋代の蘇軾・李清照まで、十二人の文章家の代表作を紹介している。内容・形式もさまざまな文章を、読みどころを押さえた、訓読・原文・訳と解説で、その味わいを伝えるもの。
具体的には
一 『孟子』梁惠王篇
二 『荘子』逍遥遊篇
三 『史記』項羽本紀
四 嵆康(けいこう) 「山巨源に与えて交わりを絶つ書」
五 陶淵明「桃花源の記」
六 劉勰(りゅうきょう) 『文心雕龍』物色篇
七 李白「春夜桃李の園に宴するの序」
八 韓愈「雑説」「殿中少監馬君墓誌」
九 柳宗元「始めて西山を得て宴游する記」
十 歐陽修「酔翁亭の記」
十一 蘇軾「赤壁の賦」
十二 李清照「金石録後序」
からなる。
私の好みの文章が多い。


李清照の「金石録後序」の文章(訓読・訳)がまとまって日本で本として紹介されたのはこれが初めてではないだろうか。


これで、李清照の詞と人となりが広く理解され、心惹かれる人が増えるだろう。
残念なのは全文でなく、後半の戦乱の中次々とその収集物を失っていく過程を語るこの文章のクライマックスの一つが紹介されていないところ。


興味ある人は本体の杉篁庵・漢詩鑑賞のに全文の訳があります。覘いてみてください。


『金石録後序』は、趙明誠が編纂した『金石録』のあとがきとして、夫の明誠が亡くなったあと、夫の代わりに出版した李清照が、亡夫と過ごした楽しい日々とその後の苦難を回想して書いたものです。趙明誠は、宋の官吏であり、この時代から始まった「金石学」という学問の研究者でした。妻である李清照も教養高く、夫とともに蒐集研究に打ち込んでいました。
 ここには、先ず、結婚して書画金石の蒐集に励む、ほほえましくも甘美な二人の新婚生活の様子が愛おしげに語られています。以来、二人は終始書画金石の蒐集整理に精励してきました。そうしてこのことにすべての精力を費やすことに歓喜と幸福を覚えていました。それは「聲色狗馬」に上回る快楽だったといいます。この後彼女の運命は波乱を向かえるのですが、この長くは続かなかった幸福な時期があってこそ、彼女の悲しみを含む詞は深みを持つのだと思います。
 やがて、この幸福な家庭生活は時代の奔流にあっけなく潰え去っゆきます。二人を襲った運命が如何にその幸福を打ち崩していったかが、克明に記録されています。その経緯が、この文章の丁度半分にあたる分量になるのですが、「後書き」という枠を越えて記されています。そこには、これまで心血を注いで集めた膨大な蒐集物を1127年から1132年の間に次々と失っていく様子が、息もつかせぬ筆致で記されています。幸福な生活が、政乱戦乱のなか、悲惨に破滅していく描写は、戦記物の戦を描く筆致に似て冷徹な目と激情とが一体になった名文です。(イ料以犬魄用)


そういえば、李白の「春夜桃李の園に宴するの序」は先日のブログに書いたように注をつけたばかりだ。独立させておいたほうがいいだろうか。

【2008.05.28 Wednesday 15:19】 author : 杉篁庵主人
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この記事に関するコメント
李清照の「金石録後序」の文章(訳)
の紹介は意外に古く、

大正二年の法書会 書苑に樋口銅牛がやっています。もっとも、この翻訳は時代がかったもので、現在では読みにくいものですね。

翻訳拝読しまいた。翻訳の労に感謝します。
| 山科 | 2015/07/20 11:07 AM |
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