「さんこうあんにちじょう」は、HP「杉篁庵」(sankouan)の1頁です。
主にその日の庭の花の写真を掲載しています。
 
卯時の杯に酔う




卯年を迎えたので「卯・兔」にちなんだ話をいくつか。

「兔」では、四字熟語に「烏兎怱怱(うとそうそう)」というのがある。
「烏兎」はカラスとウサギ。中国古代の神話では、太陽の中には三本足のカラスがいて、これを黄金のカラス、すなわち「金烏(きんう)」と呼んだ。月の中にはうさぎがいて、珠玉のうさぎ、すなわち「玉兎(ぎょくと)」と呼んだ。そこから日と月を金烏玉兎という。略して「烏兎」。日月、歳月をさした。「怱怱」はあわただしいさま。「匆匆」とも書く。烏兔匆匆。月日が過ぎるのが早いさまをいう。
「烏飛兎走(うひとそう)/兎走烏飛(とそううひ)/光陰矢のごとし」皆同じである。
今年も瞬く間に過ぎてゆくのであろうか。年々年の過ぎ去るのが早くなる。
 
次は、月にいる“月の兎”のお話。
猿、狐、兎の3匹が、力尽きて倒れている老人に出逢った。3匹は老人を助けようと考えた。猿は木の実を集め、狐は川から魚を捕り、それぞれ老人に与えた。しかし兎だけは、どんなに苦労しても何も採ってくることができなかった。兎は自分の非力を嘆き、何とか老人を助けたいと考え、猿と狐に頼んで火を焚いてもらい、自らの身を食料として捧げるべく、火の中へ飛び込んだ。
その姿を見た老人は、帝釈天としての正体を現し、「此の兎の火に入たる形を月の中に移して、あまねく一切の衆生に見せしめむがために月の中に籠(こ)め給ひつ。然れば、月の面(おもて)に雲の様なる物のあるは此の兎の火に焼けたる煙なり、亦、月の中に兎の有るといふは此の兎の形なり。万(よろづ)の人、月を見むごとに此の兎の事思ひいづべし。」(今昔物語集)と、兎の捨身(しゃしん)の心、慈悲行の物語として語られる。
柔道では捨身(すてみ)技というのがあるが、民主党の信頼回復には捨身技しかない状況である。捨身でかかってそのまま一本とられる場合もあるが、この話は又別か。

さて、「卯飲」という語がある。卯の刻(午前六時)から飲むという意で、朝酒をいう。卯酒。ボウズ又はボウシュで、早起きをした清々しい気持ちの中で陶然となるために飲む一杯のお酒である。

鴎外は『伊沢蘭軒』のその百八十四に「十三日に蘭軒は詩会を横田雪耕園に催した。宿題は「題江島石壁」席上題は「卯飲」で、蘭軒の作は彼に七絶一、此に三がある。「卯飲」の一に「卯飲解酲有何物、売来蛤蜊過門渓」の句があつて、「売蛤漢自行徳浦来、毎在日未出時」と註してある。売蛤者の行徳より来ることは、今も猶昔のごとくなりや否や。」と記している。
わが町、行徳の蛤はかく有名だったのだろう。
漱石は『吾輩は猫である』で迷亭君に「どうせ僕などは行徳の俎(まないた)と云う格だからなあ」と言わせている。行徳は馬鹿貝の産地で、そこの俎は馬鹿貝で擦れている。すなわち行徳の俎とは、「馬鹿で人が擦れいる」というわけだが、蛤も青柳(バカガイ)ももう見られない。
これで「卯飲」はさぞ美味かろう。

この朝酒を酒好きの白楽天は、「効陶潜体詩」の中で「朝飲一盃酒、冥心合元化(朝に一杯の酒を飲むと、酔い心地に造化の気と合一する)」と詠っている。
今年の年賀状には、「卯飲」を詠う白楽天の「薔薇正開春酒初熟」の一節を引用した。

その詩。

 薔薇正開春酒初熟 因招劉十九・張大夫・崔二十四同飲 
                    白居易     
甕頭竹葉経春熟、階底薔薇入夏開。
似火浅深紅圧架、如餳気味緑粘台。
試将詩句相招去、儻有風情或可来。
明日早花応更好、心期同酔卯時杯。 

 「薔薇正に開き、春酒初めて熟す。因って劉十九・張大夫・崔二十四を招きて同飲す」
甕頭(おうとう)の竹葉(ちくよう) 春を経て熟し、
階底(かいてい)の薔薇(しょうび) 夏に入りて開く。
火に似て浅く深く紅(くれない)の架(か)を圧し、
餳(あめ)の如き気味(きみ)の緑は台に粘(ねば)る。
試みに詩句を将(もっ)て相(あい)招去(しょうきょ)せば、
儻(も)し風情(ふぜい)有らば或いは来たる可し。
明日 早花(そうか)応(まさ)に更に好(よ)かるべし、
心に期す 同じく卯時(ぼうじ)の杯(はい)に酔わんと。

・草堂で酒を飲みたいと、詩を送る。劉十九・張大夫・崔二十四と、三人とも排行で呼んでいるので親しい友であろう。

 甕の酒はいい具合に醸して
 花も見頃となりました。
 濃く薄く棚いっぱいに花は燃えて
 酒は飴のような風味を溢れ出しています。
 詩を作ってお招きしましますから
 この風流に惹かれてきてくれませんか。
 あすのあさに花はもっと咲きましょう、
 いっしょにあさのお酒に酔いましょうよ。

この花はバラで、中国の詩の世界では蓮と並んで夏の花の双璧とされる。
季節は違うが朝酒の美味さは変わらない。いや、正月は又格別。

 目出度さに朝酒重ぬおらが春
  (目出度さもちう位なりおらが春 一茶)

【2011.01.01 Saturday 01:24】 author : 杉篁庵主人
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冬至に詠んだ白居易の漢詩二篇




昨日が冬至でした。
白居易(白楽天)が冬至を詠んだ詩を二篇あげます。

 「邯鄲冬至夜思家」 白居易
邯鄲駅裏逢冬至、
抱膝灯前影伴身。
憶得家中夜深坐、
還応説著遠遊人。

 「邯鄲(かんたん)の冬至の夜 家を思ふ」
邯鄲の駅裏(えきり)にて冬至に逢ひ、
膝を抱きて燈前に影の身に伴へり。
憶ひ得たり家中に夜深くして坐し、
還た応に遠遊の人を説著(せっちゃく)すべきを。

 邯鄲の宿で冬至の時節を迎えることになってしまった、
 ひとり灯火の前で膝を抱けば影法師がわが身に寄り添っているばかり。
 思い浮かぶことといえば、家中の者が夜が更けても眠らず座って、
 遠く旅する私のことを今まさに噂しているに違いないこと。


 「冬至夜懐湘霊」 白居易
艷質無由見、寒衾不可親。
何堪最長夜、俱作獨眠人。

 「冬至の夜、湘霊を懐(おも)ふ」
艶質 見るに由し無く、
寒衾 親しむべからず。
何ぞ堪へんや 最も長き夜に、
倶に独り眠れる人と作(な)れるを。

 あでやかなあなたは遠くにいて会いにも行けず、
 冷たい布団にもぐりこんでもむなしいばかり。
 今日の夜は一年で一番長い夜、
 どうしてがまんできましょう?それぞれひとり離ればなれで眠るなんて。

白居易の若いときの歌でしょう。初恋を詠っているとも言われます。
湘霊は、女性の名前。舜の妃は舜が崩御すると後を追って湘江(しょうこう)という川に身を投げて湘江の女神となったといいます。

 

 

【2010.12.23 Thursday 13:29】 author : 杉篁庵主人
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寒風 枯条を払ふ




庭に散り敷いた落葉に「寒風拂枯條、落葉掩長陌。」の句が思い浮かぶ。
陶淵明の老年期の作。

      雜詩十二首 其七  
         東晉 陶潛
日月不肯遲、
四時相催迫。
寒風拂枯條、
落葉掩長陌。
弱質與運頽、
玄鬢早已白。
素標插人頭、
前途漸就窄。
家爲逆旅舍、
我如當去客。
去去欲何之、
南山有舊宅。

  雑詩十二首 其七  
          東晋 陶潜
日月 遅るるを肯んぜず 
四時 相ひ催して迫る
寒風 枯条を払ひ
落葉 長陌を掩ふ
弱質 運とともに頽れ
玄鬢 早や已に白し
素標 人頭に挿さば
前途 漸やく窄に就く
家は逆旅の舎為れば
我は当に去るべき客の如し
去り去りて何くに之かんと欲するに
南山に旧宅有り

月日は待つことなく、季節は移り変わる、
寒風が枯れ枝を払い、落葉があぜ道を埋める季節。
ひ弱いからだはますます衰え、髪もすっかり白くなり、
白髪になってみれば、行き先も長くはなかろう。
この世は仮の宿、そろそろ去るべきときが来たようだ。
ここを去ってどこへ行こうとするのか、南山には旧宅(墓)があることだ。


 

【2010.12.08 Wednesday 13:24】 author : 杉篁庵主人
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一二月の異名・「凋年」「窮陰」




白居易に一二月の異名である「凋年」「窮陰」の含まれている詩があった。
それともこの詩によって一二月の異名とされるようになったのだろうか。
新春を迎える前の寂寥感が詠われる。

 「歲晚旅望」(さいばんりょぼう) 白居易
朝來暮去星霜換、
陰慘陽舒氣序牽。 
萬物秋霜能壞色、 
四時冬日最凋年。 
煙波半露新沙地、
鳥雀群飛欲雪天。 
向晚蒼蒼南北望、 
窮陰旅思兩無邊。 
  全唐詩・卷438_75

朝来 暮去 星霜換(かわ)り、
陰惨 陽舒 気序牽(ひ)けり。
万物 秋霜 能(よ)く色を壊(やぶ)り、
四時 冬日 最も年を凋(しぼ)ましむ。
煙波 半ば露(あらわ)る 新沙の地、
鳥雀 群れ飛ぶ 雪ふらんと欲するの天。
晚に向ひ 蒼蒼として南北を望めば、 
窮陰 旅思 両つながら無辺。
 ・元和十年(815年)の年の暮れ、旅中にあっての詩。

日上り日暮れて時は移りゆき、
日と月が廻って季節は替わる。
万物は秋の霜に色褪せて、
終には冬の日が一年を終わらせる。
もやの立つ水面に砂地が半ば新たに現れ、
鳥が雪模様の空に群がり飛んでいる。
暗く暮れて行く故郷の空の方を見やると、
冬は窮まり旅も愁いもともに限りがない。

 

【2010.12.02 Thursday 09:07】 author : 杉篁庵主人
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十六夜は雨になりたり風清し


一昨日中秋の名月にあわせて李白の「把酒問月」を読んだが、李白には「月」を読んだ詩が多い。以下全て李白の詩。
まず、名高いところの三首をあげる。

「靜夜思」
床前看月光、
疑是地上霜。
舉頭望山月、
低頭思故鄉。
 ・これについてはこちらに記した。


「子夜吳歌」
長安一片月、
萬戶擣衣聲。
秋風吹不盡、
總是玉關情。

長安 一片の月
万戸 衣を擣(う)つの声
秋風 吹きて尽きず
総て是れ 玉関の情
何れの日にか 胡虜を平らげて
良人 遠征を罷めん


「峨眉山月歌」
峨眉山月半輪秋、
影入平羌江水流。
夜發清溪向三峽、
思君不見下渝州。

峨眉山月 半輪の秋
影は平羌江水に入って流る
夜 清渓を発して三峡に向かふ
君を思へども見ず 渝州に下る


続いて思い出されたのは、「月下獨酌四首」。これは春の月であるが‥。
「其の一」をあげる。
花間一壺酒、獨酌無相親。
舉杯邀明月、對影成三人。
月既不解飲、影徒隨我身。
暫伴月將影、行樂須及春。
我歌月裴回、我舞影零亂。
醒時同交歡、醉後各分散。
永結無情遊、相期邈雲漢。

花間 一壺の酒
独り酌みて相親しむもの無し
杯を挙げて明月を邀(むか)へ
影に対して三人と成る
月 既に飲むを解せず
影 徒(いたづら)らに我身に随ふ
暫く月と影とを伴い
行楽 須(すべか)く春に及ぶべし
我歌へば 月 徘徊し
我舞へば 影 零乱す
醒むる時 同じく交歓し
酔ひて後 各々(おのおの)分散す
永く無情の遊を結び
相ひ期して雲漢邈(はる)かなり
〔詩意〕
花に囲まれて一壺の酒を抱え、
一人で酌んで 共に飲むものもいない。
杯を上げて明月を出迎えれば、
自分の影も現れて三人になる。
月はもとより飲むことはしらず、
影もいたずらに我が身にまとわるだけ。
しばらくはこの月と影とを友として、
春の盛りを楽しむとしよう。
自分が歌うと月は天を行き廻り、
自分が舞うと影もつられて乱れて舞う、
覚めている間は喜びを交し合うが、
酔った後はそれぞれまた別れる。
それが永く続くしがらみのない交友であって、
またはるかな天の川での再会を誓おう。


更にいくつか秋の月。
「烏棲曲」
姑蘇臺上烏棲時、吳王宮裏醉西施。
吳歌楚舞歡未畢、青山欲銜半邊日。
銀箭金壺漏水多、起看秋月墜江波。
東方漸高奈樂何。

姑蘇の台上 烏棲む時
呉王の宮裏に西施を酔はしむ
呉歌楚舞 歓び未だ畢らず
青山銜(ふく)まむと欲す 半辺の日
銀箭金壷 漏水多し
起ちて看る 秋月の江波に墜つるを
東方漸く高く 楽しみを奈何せん


「玉階怨」
玉階生白露、夜久侵羅襪。
卻下水晶簾、玲瓏望秋月。

玉階に白露生じ
夜久しくして羅襪(らべつ)を侵す
却下す水精(すいしゃう)の簾
玲瓏秋月を望む
 ・これは宮中の寵愛を得ない美人の哀怨を詠ったもの。


「金陵城西樓月下吟」
金陵夜寂涼風發、獨上高樓望吳越。
白雲映水搖空城、白露垂珠滴秋月。
月下沉吟久不歸、古來相接眼中稀。
解道澄江淨如練、令人長憶謝玄暉。

金陵の夜は寂として涼風発し
独り高楼に上りて呉越を望む
白雲 水に映じて空城を揺すり
白露 珠を垂れて秋月に(したた)る
月下に沈吟して久しく帰らず
古来 相継ぐもの眼中に稀なり
道(い)ひ解(と)きし「澄江の浄きこと練り絹の如し」は
人をして長く謝玄暉を憶はしむ
 ・南朝斉の詩人謝玄暉(464-499 )の「澄江淨如練」の句に共感すると言う。


「九日」
今日雲景好、水兔山明。
攜壺酌流霞、搴菊泛寒榮。
地遠松石古、風揚弦管罅
窺觴照歡顏、獨笑還自傾。
落帽醉山月、空歌懷友生。

今日雲景の好しく、
水緑にして秋山明らかなり。
壺を携へて流霞を酌み、
菊を搴(と)りて寒栄を泛ぶ。
地遠く松石古く、
風揚がりて弦管清し。
觴(さかずき)を窺(うかが)ふに歓顔を照せば、
独り笑ひて還(また)自ら傾く。
帽を落して山月に酔ひ、
空しく歌ひて友生を懐しむ。

・流霞:神仙の飲料。美酒を指す。
・寒栄:寒花と同じく菊花をいう。寒い日に開く花。
・落帽:酔った様子。東晋の孟嘉という人が重陽の宴会の時に風で帽子を吹き飛ばされたのに気づかずに同僚から出された嘲笑の文章に見事な即答の名文を書いて感心されたという故事による。李白の「九日龍山飮」では「九日龍山飮、黄花笑逐臣。醉看風落帽、舞愛月留人。」と詠われている。ここから、重陽の宴を「龍山の宴」といったりする。
「素堂亭 十日の菊。蓮池の主翁、また菊を愛す。昨日は龍山の宴をひらき、今日はその酒のあまりを勧めて狂吟の戯れとなす。なほ思ふ、明年誰か健かならん事を
 いざよひのいづれか今朝に残る菊 芭蕉 (「笈日記」)」
・友生:朋友。

「窺觴照歡顏、獨笑還自傾。」の句が好い。


最後に、填詞に似た珍しい詩体の詩。

「三五七言」
秋風罅⊇月明。
落葉聚還散、寒鴉棲複驚。
相思相見知何日、此時此夜難為情。

秋風清く
秋月明かなり
落葉聚(あつ)まりて還(ま)た散じ
寒鴉棲(す)みて復(ま)た驚く
相ひ思ひて相ひ見ゆるは何れの日か知らん
此の時 此の夜 情を爲(な)し難し
 
 思いを伝えることは難しい、どうしたらよいのかと心悶えることだ。


【2010.09.24 Friday 09:25】 author : 杉篁庵主人
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名月に酒を友とす一人なり


昨夜の月は何処となく夏の夜の雰囲気だった。まだ冷房が切れなかったからだろうか。
猛暑は今日までと言う天気予報だが、今日が中秋の名月。猛暑の名月となるのか、夜は雨になるという予報である。
さて、酒と月といえば、酒に酔って長江に映る月を掴もうとして溺死をした李白が先ず浮かぶ。その李白の一首。


 把酒問月
   故人賈淳令余問之
       李白
愿畦月來幾時、
我今停杯一問之。
人攀明月不可得、
月行卻與人相隨。
皎如飛鏡臨丹闕、
儕賁狽効羌奄ぁ
但見宵從海上來、
寧知曉向雲塁鵝
白兔搗藥秋復春、
姮娥孤棲與誰鄰。
今人不見古時月、
今月曾經照古人。
古人今人若流水、
共看明月皆如此。
唯願當歌對酒時、
月光長照金樽裏。


 「酒を把(と)りて月に問ふ」
晴天に月有りて 来(このかた)幾時ぞ
我今杯を停(とど)めて 一たび之に問ふ
人明月を攀(よ)づるは 得べからざるも
月行 卻(かへ)つて 人と相(あひ)随ふ
皎(きょう)として飛鏡の丹闕に臨むが如く
緑煙 滅し尽くして 清輝発す
但だ見る 宵に海上より来たるを
寧(なん)ぞ知らん 暁に雲間に向かひて没するを
白兎 薬を擣(つ)きて秋復(ま)た春
姮娥(こうが)孤り棲(す)みて 誰と隣せん
今人は見ず 古時の月
今月は曾経(かつて) 古人を照らせり
古人今人 流水の若(ごと)く
共に明月を看ること 皆此(か)くの如し
唯だ願はくは 歌に当たり酒に対する時
月光の長(とこし)へに金樽の裏(うち)を照らさんこと

・飛鏡:空を飛ぶ鏡で月の形容。 
・丹闕:仙人の住む宮殿の赤い門。
・儕譟夜の青い靄。 
・搗藥:不老不死の薬をつく。
・姮娥(こうが):「嫦娥」。太陽を射落としたことで知られる英雄「羿(げい)」の妻である嫦娥(姮娥)が、西王母から貰った不老不死の霊薬を飲み一人月へ昇り月宮で寂しく暮らすことになったという中秋節の故事「姮娥奔月」による。また、その足下にいるウサギは「月兎(玉兔)」で、玉の杵と臼で不死の藥をついているという。


 訳詞
月は何時(いつ)より輝くと
盃(さかづき)とどめ問うてみる
月に昇るは難けれど
我に随ふ月のあり
鏡のごとく輝きて
靄掻き消して澄み渡る
海からのぼる宵の月
雲間に沈む明けの月
兎の搗ける春秋を
姮娥は一人誰とある
昔の月は見えざるも
古人照らせる月なりき
古人今人流れ行き
同じ思ひに月を見き
歌ひ飲む時ただ願う 
黄金(こがね)の酒をとこしへに
月照らせかしとこしへに

 詩の意
晴れた空に月が出はじめてから、
どれだけの時間が流れたのだろう。
私は盃を置いて、訊ねてみる。
人は月にによじ登るうとしても、それはできない。
しかし月は、人に付き従ってくるものだ。
白く澄んでまるで夜空に鏡が飛ぶようで
仙人のすむ赤い宮殿の門を照らしているよう。
緑の夕もやは消え失せ、月は清らかな輝きを放っている。
夕暮れに東の海から月が上るのを見るばかりで、
人はその月が、明け方に雲の間に没して行くのを知らない。
月に棲む白兎は、秋も春も不老長寿の薬をついているが、
嫦娥は、誰と一緒に過ごしているのだろうか。
今の人は、昔の月を見ることはできない、
しかし今輝いている月は、確かに昔も輝いていた、同じ月なのだ。
流れる水のように人は移り変わっていくが、
今の人も昔の人も、共に名月を見上げる心は同じ思いであろう。
私はひたすら願う。歌をうたい、酒に向かう時、
月の光がいつまでも金の酒樽の中を照らしていてほしいと。


【2010.09.22 Wednesday 08:49】 author : 杉篁庵主人
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流るるは巫山の雲か秋の朝


昨日の続き。
峴山の堕涙碑を読んだ孟浩然の詩がある。

  與諸子登峴山 孟浩然
人事有代謝、往來成古今。
江山留勝跡、我輩復登臨。
水落魚梁淺、天寒夢澤深。
羊公碑尚在、讀罷淚沾襟。

  諸子と峴山に登る
人事に代謝有り、
往来は古今を成す。
江山勝跡を留め。
我が輩 復た登臨す。
水落ちて魚梁(やな)浅く、
天寒くして夢沢深し。
羊公の碑 尚ほ在り、
読み罷(や)むも涙襟を沾(ぬら)せり。

「夢澤」は「雲夢澤」(うんぼうのたく=湖北省の湿地帯)の略。「魚梁」との対。

人の世のことがらには移り変わりがあり、去るものと来るものとが古今を形成している。
川や山は景勝の跡を残しており、われらもまた峴山に登りこれを見る。
水の減った川に簗(やな)が浅く露になり、空は寒々として雲夢の沢が深く広がる。
山には羊公の碑が今も残り、碑文を読むと涙が胸を濡らし、その先を読むことができない。


孟浩然(689〜740)。襄陽(今の湖北省襄樊市)の人。若くして任侠の徒と交わり、諸国を放浪したが、長安に出て、王維、張九齢、李白らと親交を結び詩名を馳せた。官途には不遇で、郷里の鹿門山に隠れ棲んだ。山水詩に長じて、「春眠 暁を覚えず」の句は遍く知られている。

【2010.09.11 Saturday 09:10】 author : 杉篁庵主人
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秋半ば酒の友なる襄陽歌


孟浩然の出生地であり、三顧の礼の舞台でもある襄陽は酒仙李白も詠っている。
それがなかなか洒脱である。

 襄陽歌  李白
  落日欲沒峴山西
  倒著接蘺花下迷 (蘺→【上四下離】 )
  襄陽小兒齊拍手
  遮街爭唱白銅鞮
  傍人借問笑何事
  笑殺山翁醉似泥
  鸕鷀杓、鸚鵡杯
  百年三萬六千日
  一日須傾三百杯
  遙看漢水鴨頭
  恰似葡萄初醗醅
  此江若變作春酒
  壘麹便築糟丘臺
  千金駿馬換小妾
  笑坐雕鞍歌落梅
  車傍側挂一壺酒
  鳳笙龍管行相摧
  咸陽市中歎黄犬
  何如月下傾金罍
  君不見晉朝羊公一片石
  龜頭剥落生莓苔
  涙亦不能爲之墮 
  心亦不能爲之哀
  誰能憂彼身後事
  金鳧銀鴨葬死灰
  清風朗月不用一錢買
  玉山自倒非人推
  舒州杓 力士鐺
  李白與爾同死生
  襄王雲雨今安在
  江水東流猿夜聲

 「襄陽の歌」 雑言古詩 李白
落日没せんと欲す峴山(けんざん)の西
倒(さかし)まに接蘺(せつり)を著けて花下に迷ふ 
襄陽の小児斉(ひと)しく手を拍(う)ち
街を遮(さへぎ)って争ひ唱ふ白銅鞮
傍人借問(しゃくもん)す 何事をか笑ふと
笑殺す 山翁酔ひて泥に似たると
鸕鷀(ろじ)の杓(しゃく)、鸚鵡(おうむ)の杯
百年 三万六千日
一日 須らく三百杯を傾くべし
遙かに看る 漢水の鴨頭(おうとう)の緑
恰かも葡萄の初めて醗醅するに似たり 
此の江 若し変じて春酒と作(な)らば
麹(きく)を塁(かさ)ねて 便ち築かん糟丘(そうきゅう)の台
千金の駿馬 小妾に換へ
笑ひて雕鞍(ちょうあん)に坐して落梅を歌はん
車傍に側(かたむ)け挂(か)く一壺の酒
鳳笙(ほうしょう)龍管(りゅうかん)行くゆく相ひ摧す
咸陽の市中に黄犬を歎くは
何ぞ如(し)かん 月下に金罍(きんらい)を傾くるに
君見ずや 晋朝の羊公の一片の石
亀頭(きとう)剥落(はくらく)して莓苔(ばいたい)を生ず
涙も亦 之が為に墮(お)とす能(あた)はず
心も亦 之が為に哀しむ能はず
誰れか能く彼の身後の事を憂へんや
金鳧(きんぷ)銀鴨(ぎんおう)死灰(しかい)に葬(ほうむ)らる
清風 朗月 一銭の買ふを用ひず
玉山自ら倒るるは 人の推すに非ず
舒州の杓 力士の鐺(とう)
李白 爾(なんじ)と死生を同じうせん
襄王の雲雨 今安くにか在る
江水東流して 猿夜に声(な)く

・峴山:襄陽の東南九里にあるという山。
・接【上四下離】:白帽、晋の山簡の故事を引く。・倒著接蘺:山簡は帽子を逆さに被り、馬に後ろ向きで乗馬するといった奇行を度々犯して、当時流行った襄陽童謡に歌われたといわれている。酒に酔ったときの様。
・白銅鞮:曲の名。
・借問:問うてみる。
・山公:山簡のこと。字は季倫。西晋時代の人。竹林の七賢の一の山濤の子。
・鸕鷀杓:鵜の形をした酒をくむひしゃく。・鸚鵡杯:鸚鵡貝の盃。
・鴨頭僉Сの首の毛のやうな緑色をしている。
・壘麹:つみかさねた麹(こうじ)。・糟丘臺:殷の紂王が酒の粕で岡を築いたやうにうてなを築こう。
・駿馬換小妾:後魏の曹彰が駿馬を見つけ、手に入れたいと、「自分には好い妾(めかけ)たちがいるので、あなたがすきな妾を選び、馬とを交換しよう」と持ちかけたという故事。
・雕鞍:玉をちりばめた鞍。・落梅:曲の名。『落梅花』
・鳳笙龍管:鳳の鳴き声のような(鳳の姿のような)笙に、龍のなき声のような笛の音。
・歎黄犬:秦の宰相李斯は刑場に牽かれるとき、子に「吾なんぢとまた黄犬を牽いて上蔡の東門を出で狡兎を逐はんと欲するもあに得べけんや」と嘆き、殺された。
・金罍:雷雲の模様を画いた黄金製の酒器。
・羊公:呉と闘った西晋の名将羊祜。死後その頌徳碑が峴山に立ち、みるものみな悲嘆したので堕涙碑といわれた。
・龜頭:石碑の土台の亀の頭。石碑の土台部分は亀のような形をして、甲羅に碑を背負っている形になっている。・莓苔:莓は苔に同じ。
・朗月:明月。
・玉山自倒:竹林の七賢の一である三国・魏の嵆康の酔った様は、玉山のまさに崩れんとするやうだったという。・玉山:美しい容姿のたとえ。崑崙山の西にある西王母のいたところ。
・舒州:酒器の名産地。今の安徽省潛山。・力士鐺:今の江西省南昌より産した力士の形を刻した酒を温めるのに使う三本脚の鼎。
・襄王雲雨:楚の襄王が高唐に遊んだ故事による。楚の襄王(一説に、父の懐王)が高唐の台に遊んだとき、寝の夢の中で巫山の神女の「願わくは枕席を薦めん」という言葉により、神女を寵愛し契を結び、神女は雲雨となって現れると言った。「巫山之夢・巫山雲雨」

 《訳詩》
夕日が西に落ちる頃
逆さに被る羽根シャッポ
花咲く下の千鳥足
街の子供ら手打って
囃し歌って通せんぼ
「何がそんなに面白い?」
「ふらふら酔ってドロみたい」
ヒシャク・サカヅキ手に持って
人生百年 せいぜい三万六千日
日に三百杯 飲みに飲む
遠く眺める川緑
まるでできたてワイン色
この川みんな酒になれ
酒粕積んで丘作ろ
若いメカケを馬に換え
飾った鞍で唄歌う
馬車の横には酒の壺
道々笛を奏でつつ
この人生を悔やむ無く
月下で酒を傾けん
知っていますか記念碑だとて
今はそこらのだだの石
土台は欠けて苔茂る
悲しい話し聞いたって
涙も出でず哀しめず
死後を愁いてなんとする
葬式飾り無駄なこと
清らの風と月明かり
それだけありば金いらぬ
酔って倒れてそれだけだ 
ヒシャクよナベよ俺はなぁ
生きるも死ぬも一緒だぞ
夢はいずこへ消えたやら
川は流れてとどまらず
夜のしじまに猿の声


襄陽は漢水の中流にある町で、李白の本拠地安陸とは近いところ。敬愛する孟浩然が住んでいたこともあり、李白はたびたび訪れたよう。
自分を竹林の七賢にもならべ、人生をあくせく生きることの空しさと、酒に溺れる歓楽とを歌う。漢江を見てこれがすべて酒に変ずればと思い、酒器と死生を共にせんという。
李白が酒仙と称される所以であろうか。私が訳すとなんとなく哀しくなる。


なお、この「君不見晉朝羊公一片石」と詠われる「羊公碑・堕涙碑」は日本でも良く知られていたのか、松尾芭蕉は「奥の細道の旅」で、義経の忠臣佐藤忠信・継信兄弟ゆかりの地を訪ねた時の章段にひいている。
「佐藤庄司が旧跡は、左の山際一里半ばかりに有り。飯塚の宿鯖野と聞て尋ね尋ね行くに、丸山と云に尋ねあたる。是庄司が旧館也。麓に大手の跡など、人の教ゆるにまかせて泪を落し、又かたはらの古寺に一家の石碑を残す。中にも二人の嫁がしるし、先ず哀れ也。女なれどもかいがいしき名の世に聞こえつる物かなと袂をぬらしぬ。堕涙の石碑も遠きにあらず。寺に入りて茶を乞えば、爰(ここ)に義経の太刀、弁慶が笈(おい)をとゞめて什物(じゅうもつ)とす。
 笈も太刀も五月にかざれ帋幟(かみのぼり)〔端午の節句の5月なのだから、弁慶の笈も義経の太刀も、帋幟といっしょに飾って祝ってもらいたいものだ。〕」
「中国にあるその碑を見たものは必ず涙を流すという有名な堕涙の碑だが、中国だけのことではないのだ、案外近くにあったのだなぁ」と感慨に耽っている。

【2010.09.10 Friday 11:10】 author : 杉篁庵主人
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風なくも涼しさほのか宵の月


昨夜は、上弦の半月だった。
しかし、夜になっても暑かった!


 「夏夜追涼」 楊萬里(1127〜1206年)南宋の人。 
夜熱依然午熱同、
開門小立月明中。
竹深樹密蟲鳴處、
時有微涼不是風。

 「夏の夜 涼を追う」 楊万里
夜熱は依然として 午熱に同じ、
門を開いて小(しば)し月明の中に立てり。
竹 深く 樹 密にして 虫の鳴く処、
時に微涼有り 是れ風ならずも。

【2010.08.18 Wednesday 09:42】 author : 杉篁庵主人
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盆用意終えし夕べの日より雨

花リレーを「モナルダ・ディディマ (松明花)」で更新した。あやめが原の一角に咲いていて名が判らなかった花。


昨日の記事の陸游のロマンスをその詞詩に追ってみます。
先ずは、唐琬と離れて十年後の詞。
禹跡寺の南にある沈氏の小園で思いがけず再会したとき、その湧き上がる思いを庭園の壁に書き付けた詞です。これが昨日の唐琬の詞(返歌)の基となっています。


  釵頭鳳 陸游
紅酥手、黃縢酒、
滿城春色宮牆柳。
東風惡、歡情薄、
一懷愁緒、幾年離索。
錯、錯、錯!

春如舊、人空瘦、
淚痕紅浥鮫綃透。
桃花落、涼啌奸
山盟雖在、錦書難托。
莫、莫、莫!

紅く酥(やはら)かき手 黄縢の酒
満城の春色 宮牆の柳。
東風の悪しく 歓情薄くして
一懐の愁緒 幾年か離索せり
錯(あやま)てり 錯てり 錯てり!

春は旧の如く 人は空しく痩せ
涙痕紅(あか)く浥(にぢ)みて鮫綃に透る。
桃花落ち 閑かなる池閣
山盟の在ると雖も 錦書托(たく)し難し。
莫(さび)し 莫し 莫し!

 ・紅酥手:花のような纖細な手。
 ・黃縢(こうとう)酒:酒名。黄色の紙で封をされた酒。
 ・宮牆(きゅうしゅう)柳:宮殿の壁沿いの柳。
 ・東風惡:意地悪な春風。姑が離縁をすすめたことを暗示。その為に二人の歓びは消された。
 ・一懷愁緒:胸いっぱいの憂愁な情思。
 ・離索:分離され孤獨である。
 ・鮫綃(こうしょう):鮫は鮫人、神話の中の美しい人魚で海底に住み絹を織るという。綃は絲巾(ハンカチ)。薄絹のハンカチ。
 ・山盟:堅い誓い。愛の変わらぬこと山のように長久であれとの願い。
 ・錦書:書信。手紙。「錦書難托」の句に唐琬もまた「心事を箋に欲せんとし 独語し欄に斜す(思うことを手紙につづろうと思ったけれど,ひとりごとをつぶいて階段の手すりによりかかるだけ)」とこたえています。
 ・莫:寞。寂寞。 莫「だめだ、終わりだ!」と重なる。

あなたのほんのり赤い柔らかい手が黄色の紙で封をされた酒を注ぐ。
街一面は春景色、土壁沿いの柳も緑新たである。 
荒れる春風に二人楽しく過ごした時はまことに短かくはかなかった。
胸にさびしい離別の情抱いて、どれだけ逢わずにいたことだろう。
まちがっていた! まちがっていた! まちがっていた!

春の訪れは昔のまま、しかし人は空しくやせ衰えてしまった。
涙が頬紅を流し、ハンカチを紅く滲ませている。
桃の花の散る、池の畔の高殿は静まる。
堅い誓いは今もあるとはいえ 人妻ゆえに思いをしたためた手紙は渡せない。
寂しい! 寂しい! 寂しい!


沈園での再会の二年前の二十九歳の時、陸游は科挙受験に挑み、解試(一次)は首席でした。しかし,そのとき二位になったのが宰相秦檜の孫であり、秦檜は自分の孫が首席になれなかったのを怒り,翌年の省試(本試験)に干渉して孫を首席にし、陸游を名指しで落第させてしまったと伝えられています。答案に国策批判があるというのがその理由でした。これは広く知れ渡ったことだったのでしょうか。
酒肴を贈るという唐琬の行為にはこうした不遇な陸游をなぐさめるという意味もあったようです。

沈園には現在、この陸游の記した詞とそれに応えた唐琬の詞(前回の記事)がふたつ並べられて石に刻まれています。
再会の後まもなく唐琬は三十歳の若さでこの世を去ったとされますが、陸游は八十五歳まで生きました。
陸游は生涯唐琬との結婚・離縁・再会のことが忘れられず、その後も何度か思い出の沈園を訪れたり、詞詩に詠んだりしています。特に晩年に思い起こすことが多かったようです。老いてから心落ち着いて懐かしさが募ったこともあったでのしょうか。


 「余年二十時、嘗作《菊枕》詩、頗傳于人、今秋偶復采菊縫枕囊、凄然有感二首」 
  (「余の年二十なりし時、嘗て「菊枕」の詩を作り、頗る人に伝ふ、今秋偶々復菊を採り枕嚢を縫ふ、凄然たる感有り」)
 其一
採得黃花作枕囊、曲屏深幌閟幽香。
喚回四十三年夢、燈暗無人說斷腸。

黄花を採り得て枕嚢を作り
屏を曲げ幌を深くして幽香を閟(と)ず。
喚び回(めぐ)らすは四十三年の夢
灯暗くして断腸を説くに人無し。
  ・黄花:菊の花。
  ・幌:幔幕(まんまく)。

 其二
少日曾題菊枕詩、蠹編殘稿鎖蛛絲。
人間萬事消磨盡、只有清香似舊時。

少日曾(かつ)て題しぬ 菊枕の詩、
蠹(むし)の編みて藁を残し 蛛(くも)の糸に鎖さる。
人間万事 消磨し尽すに、
只清香の旧時に似たる有り。
  ・消磨:意志や精力などをすり減らす。衰えさせる。
  ・二十歳の新婚時に「菊枕」の詩を作ったことを思い起こしての詩。これは六十三歲のことといいます。



 「悲秋」
小雨簾櫳慘澹天、醉中偏藉亂書眠。
夢回有恨無人會、枕伴橙香似昔年。

小雨に簾は惨澹の天を櫳(と)じて、
酔ひの中に偏(こず)み藉して書の眠りを乱す。
夢回り恨み有りて人の会う無くも、
枕の伴う橙の香のみは昔年に似る。


  「禹跡寺南有沈氏小園四十年前嘗題小闋壁間。偶復一到而園已易主刻小闋於石。讀之悵然。」
  (禹跡(うしゃく)寺の南に沈氏の小園有り、四十年前嘗て小闋を壁間に題す。偶々復一たび到るに園已に主を易へ小闋を石に刻めり。読みて之悵然たり。)
楓葉初丹槲葉黃
河陽愁鬢怯新霜
林亭感舊空回首 
泉路憑誰說斷腸 
潰壁醉題塵漠漠
斷雲幽夢事茫茫 
年來妄念消除盡 
回向禪龕一炷香

楓(かへで)葉の初めて丹(あか)く 槲(かしは)葉は黄なり。
河陽の愁鬢は新霜に怯(おび)え、
林亭旧に感じて空しく首を回らせて、 
泉路誰に憑(たの)みて断腸を説かん。 
潰壁の酔題は塵に漠漠たり。
断ちし雲幽けき夢に事茫茫として、
年来の妄念は消除し尽くし、 
禅龕を回向するは一炷の香。
  ・河陽愁鬢:三国魏の後継の晋の時代に河陽の長官であった藩岳が白髪の生えたのを悲しみ「秋興の賦」を作ったことを暗示。
  ・泉路:黄泉へのみち。よみじ。冥途。冥土。
  ・禪龕:仏龕(ぶつがん)。 仏壇。
  ・炷(しゅ):数詞。火を付けた線香を数える。


次は、偶然の再会から四十年あまりたった陸游七五歳のときの作です。

 「沈園」 陸游
城上斜陽畫角哀
沈園無復舊時台
傷心橋下春波
曾是驚鴻照影來

  城上の斜陽に画角哀しく、
  沈園旧時の台に復(かへ)ること無し。
  傷心の橋下に春波緑なるが、
  曾(かつ)て是れ驚鴻(きょうこう)の影を照らし来たりし。

城壁の上に夕日傾き、角笛の音が悲しく響く
沈氏の園はもはや昔にかえることはない
心傷ましめる橋の下に春の水が緑の波をたゆたわせている
ああ、この水は驚く鳥の影(唐琬)をうつしたこともあったのだ


夢斷香消四十年
沈園柳老不吹綿
此身行作稽山土
猶弔遺蹤一泫然

 夢は断え香りの消えて四十年、
 沈園に柳は老いて綿を吹かず。
 此の身行きて稽山の土と作なるも、
 猶遺蹤を弔みて一に泫然たり。

夢は消え香りも失せて四十年
沈園の柳は年老いて綿を飛ばそうともしない。
ゆくゆくは会稽山の土となる身だが
やはりこの思い出の跡を訪れるとはらはらと涙がこぼれおちる。
  ・泫然:はらはらと(涙がこぼれるさま)。


  「十二月二日夜夢遊沈氏園亭」絕句二首 陸游七九歳
路近城南已怕行、沈家園裏更傷情。
香穿客袖梅花在、蘸寺橋春水生。

 路は城南に近くして已に行くを怕(おそ)れ、
 沈家の園裏に更に情を傷ましむ。
 香の客袖を穿つ梅花の在り、
 緑蘸(ひた)す寺の橋に春の水生まる。

城南小陌又逢春、只見梅花不見人。
玉骨久成泉下土、墨痕猶鎖壁間塵。

 城南の小陌又春に逢ひ、
 只だ梅花を見て人を見ず。
 玉骨久しく泉下の土と成り、
 墨痕猶ほ壁間の塵に鎖(とざ)さる。


 「禹寺」
禹寺荒殘鐘鼓在、我來又見物華新。
紹興年上曾題壁、觀者多疑是古人。

禹寺(うじ)荒れ残して鐘鼓(しょうこ)在り
我来たりて又物華(ぶつか)の新たなるを見る
紹興の年上(ねんじょう)曾て壁に題せり
観者(かんじゃ)多く疑ふは是れ古人なるかと

 禹跡寺は荒れ果て鐘鼓だけが残っている
 わたしは再び訪れて新しい春の景色を眺める
 かつて紹興のころ壁に書きつけた詩を
 観るひとの多くは古人の作かと疑っている
   ・禹跡寺から沈園は近い


 「春遊 四首」 八四歳
 其一
方舟衝破湖波僉
聯騎蹋殘花徑紅。
七十年間人換盡、
放翁依舊醉春風。

  方舟の衝破す 湖波の緑、
  聯騎の蹋残す 花径の紅。
  七十年間 人換り尽くすも、
  放翁 旧に依りて 春風に酔ふ。

 其四 
沈家園裡花如錦、
半是當年識放翁。
也信美人終作土、
不堪幽夢太匆匆。    

  沈家(しんか)の園裏(えんり) 花 錦の如く、
  半ば是れ当年 放翁(ほうおう)を識(し)らん。
  他(ま)た美人も終(つい)に土と作(な)れるを信ずるも、
  幽夢の大(はなは)だ匆匆たるに堪えず。 

沈家の庭に花は錦のように咲くが
かつての私をいまも覚えているだろうか。
美しかった人もついには土に帰ってしまったと信じるも、
夢のような日々があまりに速く過ぎ去っていくことには耐えられない。
  ・匆匆(そうそう):気ぜわしい、慌ただしい。
  ・「放翁」は陸游の号、「美人」は唐琬です。

陸游の号は「放翁」、物事にとらわれない奔放な老人の意でしょう。
陸游はこの翌年、嘉定二年(1209)十二月二十九日に八十五歳で亡くなります。
陸游の詠じた詩は三万首に及ぶといわれています。その中の唐琬を慕う詩ばかりを取り上げましたが、陸游は金に奪われた北地奪回の主張を死ぬまで貫く硬骨の憂国詩人でした。辞世の作とされる「示児」(児に示す)には、「死去元知万事空」と詠った後、「天子の軍が中原を制した日には、先祖の祀りを執り行ない、報告するのを忘れるな」と詠っています。

【2010.08.12 Thursday 17:46】 author : 杉篁庵主人
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